鬼の目にも涙
文字数 2,787文字
今日は節分、節分と言えば豆まきでございます。
普段はひっそりと落ちついた神社ですが、この日ばかりは他の町からも多勢の人が集まってまいります、なぜなら、この神社の鬼は『リアルすぎる』と評判なのです。
でも、それもそのはず、なにしろ赤鬼、青鬼の二人は、着ぐるみやお面をつけただけの人間ではなく、本物の鬼なのでございますから。
一年に一度だけ、節分の日に鬼たちは山から降りてまいります、この日ばかりは人間界を大っぴらにのし歩いていても、みんなは節分で鬼の役をする人だと勘違いして怖がらないもので……。
交番のおまわりさんも……ほら、このとおり。
この神社が出来たのは遠く江戸時代にさかのぼるのでございます。
初代の宮司さんは鬼を怖がらない豪胆な方でございました、けれど慈悲深い人でもあったのでございます。
その頃、鬼たちは時々山をおりてきて、暴れまわったり大事な食べ物を盗んだりするので村人たちから恐れられていたのですが、ある時、村で流行っていた病気にかかってしまい、動けなくなってしまったのでございます。
もし村人に見つかったら大変、きっと殺されてしまいます。
「いくら悪い鬼でも、それは可哀想だ」と思った宮司さんは、鬼たちを神社の倉庫にかくまって薬草や食べ物を運んであげたのです。
すっかり病気が直った鬼たちは、宮司さんに感謝して、もう二度と村を襲わないと約束して山に帰って行きました。
そして、それからというもの、毎年節分の日には山から下りて来て、節分の敵役を務めるようになったのでございます。
節分の行事はお昼過ぎから始まります。
祝詞を上げるなどの神事はつつがなく進み、午後三時ともなると、学校を終えた子供たちが次々に集まってまいります。
やって来た子供たちには桝に入れた豆が配られて、子供たちは顔を輝かせてそれを受け取ります、豆まきを楽しみにしているのです。
子供たちがそろった頃を見計らいまして、いよいよ鬼たちの出番でございます。
本物の鬼の唸り声は迫力満点、でも、子供たちにそれを恐れる様子はありません。
子供が好きな心優しい鬼たち、唸ったり吠えたりしても、どこかおどけた、楽しい雰囲気がにじみ出ていて、子供たちはそれを肌で感じているのでございます。
おどけた様子で逃げ回る赤鬼、青鬼。
本物であるだけに、そのおどけた様子は却って可笑し味があるのです。
子供達は歓声を上げながら鬼達を追いまわし、鬼達も楽しそうに逃げ回ります。
ほのかに梅の花が香る境内は、子供たちの歓声と、それを見守る大人たちの暖かな笑い声に包まれていました。
そんな楽しい雰囲気の中……。
赤鬼はドライバーに静かに言うと、駆けつけたパトカーから降りて来た警官に向けて軽々と抛り投げました。
本物の鬼である事を知られてしまったからには、もう人里に下りてくることはできません。
二百年続けてきた節分の敵役もこれで最後、もう、あの子供達の歓声に包まれる事もなくなるのです……。
おわり