文字数 969文字

「おはよう。今日も良い天気だね」
早い。もう来ていたのか。校舎裏の花壇の主へ、おはようございますと俺も挨拶をする。
花壇の主の隣に同じようにしゃがんでから。今朝は何の作業をするんですか、と尋ねる。

「んー。今朝は特にする事はないかな」
雲ひとつ無い晴れた空をぼんやりと眺めてから、花壇の主は視線を花たちのほうに移す。
「だから、何となく花たちを見てようかなって」

なるほど。しかし、この委員会の早朝の仕事さえなければ。まだ寝ていられたのに……。
大きなあくびをしつつ、とりあえず。花壇の主の隣で、ぼけーっと花たちの姿を眺める。
しかし本当。よく毎日毎日、花壇の手入れとかやれますね。嫌になる事ないですか、と。

メチャクチャ失礼な質問だったな……と思いつつも尋ねると。花壇の主はニコリと笑い。
「たまには嫌になる事もあるよ」
声は明るいが、少しだけ寂しそうな笑顔でそう言葉を返してくれた。うん、そうだよな。

『花壇を大切にしなくて委員会』なるよくわからない委員会が、新しく作られるまでは。
この人ひとりだけで、この静かで寂しい花壇を。来る日も来る日も手入れしていたんだ。
しかしながら、委員長すらサボりがちで。マジメに来るのはほぼ俺だけだったっていう。

花壇の主は長めの髪を耳の後ろにかけると、フレームの無い軽そうな眼鏡をかけ直した。
特にする事はないかな、とは言っていたが。軽くは花たちの手入れをしていたのだろう。
花壇の主の手を見ると、うっすらと土で汚れていた。この人は本当に花が好きなんだな。

「眠いでしょう。今日はもう終わりでいいよ」
花壇の主はそう言うと。立ちあがって土をはらいクルリと後ろを向いてから歩き始めた。
「よかったら、私の入れた紅茶でも飲んでいくかい」

いいんですか、とたずねると。うんいいよ、と花壇の主は自身の唇に人差し指を当てる。
「みんなにはナイショだよ」
そう言うと。主はおいでおいでと手招きしながら軽快な動きで校舎のほうへと歩き出す。

その後ろをついていく。主は足もとに咲く花を踏み潰さないように、ひょいと飛び越え。
主なりのゲーム的な感覚なのか、地面に埋められた定間隔の石の上だけを移動していく。
眺めていたら、もう校舎の中だ。校長室まで競走だよ! と主は最後に全力で走り出す。

今年で定年退職のじいさんとは思えない動きだ、と思いながら。俺も全力で走り出した。
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