第13話

文字数 9,042文字

 「いらっしゃい。」
その日、俺はある予約客を迎えていた。
やって来たのは、この店を初めて利用する「奥谷」という30代の男性客だ。
どこにでもいそうな身なりに背格好、本当にこれと言って特徴らしい特徴のない男だというのが、偽らざる俺の第1印象だ。
俺に案内されるまま店内の椅子まで付いて来た奥谷はふと立ち止まると、腰掛ける前に自らの頭、頭皮に覆われしつむじをしきりに指で押しだした。
「どうも・・・油断すると緩んできていけやせんぜ・・・。」
来店して以来何もかもが普通過ぎたからこそ、奥谷が取ったこの行動が不可解で不自然極まりないものに俺の瞳に映り、記憶領域に鋭く爪痕を残した。
が、世の中変わった人間は多数存在していて、変な客なんて山ほどいることは経験から思い知っているだけに、気にせぬ素振りで奥谷を座らせケープを首元に巻いていった。
「それで、今日はどんな感じに?」
今日も俺のダンディー加減、渋さは絶好調で要望を聞いてみる。
「マッシュルームにしてください!!」
「お・・おう・・・・。」
やや俺の予想の斜め上を行く要望だったが、マッシュルームカットを希望してくる奥谷の頭髪は伸び切ってボリューミーではあるが、なるほど今まで継続してそのヘアスタイルにこだわっていたのだなと、言われてみれば納得できる名残が確かに垣間見えた。
 とりあえずカットに取り掛かる前に、ボサボサに荒れた髪を切りやすく整える必要性があり、俺はシャンプーして洗い流すことを告げた。
「わっかりましたーー!!でも・・・洗髪に際して1つお願いがあるのですが・・・・」
「聞こう。」
「できるだけ激しく荒々しく、髪をゴシゴシ洗ってくだせぇ!!そしてつむじの辺りは特に!強めに押し込むように指圧していただきたいんでさぁ!!」
「・・・わかった・・・・。」
もしかしてこの人、ドMなのだろうか?
激しく痛みを伴うくらいの刺激を求めていらっしゃるのだろうか?
いや、俺の仕事において客の性癖など無関係だ、たとえどれほどのド変態であろうとも、最高の技術を持って仕上げるまでだ。
椅子を調節してシャワー台に奥谷の頭部を乗せた俺は、熟練の手つきでもってシャンプーを泡立てては髪に馴染ませていく。
5対の指を思うがまま器用に操っては、頭皮の汚れを落としつつツボを刺激していく。
普段であればその指先に込められる力は、客にとって痛からず不快ならざる絶妙さを発揮するのだが、奥谷の求めるままに強く熟した果実であれば容易く押し潰せるくらいに、俺は力を込めていった。
奥谷の両目にはお湯がかからないようにタオルをかけているため詳しい感情を読み取れはしないが、隙間から覗く口元は苦痛というよりは快感に近いように見えた。
やっぱりこいつドMだわ~、俺がそう感じながらなおもシャンプーを続けている時だった。
突然奥谷の口が開いたかと思うと、高速に開閉して言葉を発しだしたのだった。
「プブジジクオィフェドユビ、レレヅワフフキクヌフェスフェス、タカラプトポッポルンガ、ツツビミムアセルチ、ツッツツニニュセリウウオウオウ!!」
それは言葉というよりは、壊れたコンピュータから発せられる無機質で意味不明な機械音声、単なる騒音の羅列のようであった。
何何何何何ーー!?ちょっと怖いんですけどーー!!
ていうか途中に、神の龍を呼び出す宇宙にある星の言語による呪文が混じってたんですけど!!
ひきつる俺の表情と戸惑いを物ともせず、なおも奥谷の口からは意味不明な言語音声が紡がれていっていた。
「ギュイイジヌリルェス・・・・・・・フウウ・・・・・・。」
そのまま1分後、ようやく機械の電源が落ちるみたいにして、奥谷の口の動きが止まり音も止んだ。
そして奥谷は何事もなかったかのように、けろりとした口調で俺に問いかけてきた。
「あの・・すみません。今、ひょっとして俺何か言ってやしたか?」
「ああ、少しな・・・・。」
「そうですか、やはり調子が悪いのかな・・・?」
「何の?」
「いや、こっちの話でさぁ・・・。どうかお気になさらねえでくだせぇな。」
「お・・おう・・・・。」
電波ちゃんなのか不思議ちゃんなのか、とかく奇妙な言動を見せた奥谷に戸惑いの色をさらに強くした俺だったが、この手の手合いをいちいち気にしていたら、理容師という商売は成り立ちはしない。
洗髪によって濡れた髪をタオルで丁寧に拭き取った俺は、程よい水分を残した奥谷の髪にハサミを入れていくこととする。
ホルスターから愛用のハサミを抜き取り、右手にはコームを携えて丹念に奥谷の髪質や生え行く流れをイメージに焼き付け、仕事を遂行していった。

 ハサミが髪を切っていく軽快な音がリズミカルに店内に響き渡っている。
この音を聞く度に、理容師としての俺の本能を刺激してやまないぜ。
自分に酔っていた自覚はなかった俺だったが、奥谷が話しかけてきたことで自分の世界から半ば強制的に呼び戻されることになった。
「旦那・・・旦那のお名前を伺っても構いやせんか?」
「ああ・・・斗毛元だ・・・・・・。」
気持ち少し名前を口にする瞬間5割増しにいい声で、決め顔を作りつつ教えてやった。
「斗毛元さん・・・・、なかなか珍しい名字でさぁねぇ・・・。」
「そうか・・・?、世の中には俺なんかよりもっと珍しい名字の奴がいるものだぜ・・・。」
「ほう、例えば?」
「俺の専門学校時代の同級生に、「国宝」なぞという実に大層でめでてぇ名字の奴がいた。」
「そいつはちょっと・・・恐れ多い名字でさぁねぇ・・・。」
「だろ?」
どうでもいいことだが、奥谷のこの口調もなかなか特徴的である。
江戸っ子なんだろうか?はたまた代々岡っ引きの家計だとでも言うのだろうか?
ちょっとしたいたずら心にも似た好奇心から、何だか十手を持たせて「事件でぇい!!」とか言わせたくなってくるじゃねぇか・・・。
「するってぇと、話がちょいと変わりやすがね斗毛元さん。」
唐突だな、ていうか喋り出しの言葉のチョイス間違ってやいねぇか?
「斗毛元さんは・・・宇宙人の存在を信じていやすか?」
「いや。残念ながら、今までに出会ったことがねぇからな。」
「そうでしょうなぁ・・・、どいつもこいつもなかなか信じやがらねぇんでさぁ・・・。」
あれ、今何気に俺のことディスったよね!!
「でもね斗毛元さん、宇宙人は・・・確実に存在しているんでさぁ・・・・!!」
なるほど今度はそう来るのか、オカルト方面から攻めてくるってか。
「そうなのか・・・・。」
唐突なる奥谷が転換した話題に、俺はタジタジになりながらも付き合ってみることにした。
「何か宇宙人とのコンタクトした体験でもあるのかい?」
無信全疑で割と軽いノリで聞いてみた俺の質問だったのだが、奥谷は目を見開いて「待ってました!!」と言わんばかりの勢いで応じてきたのだった。
「だって・・・・、俺実際に宇宙人に会ったことがあるんですから!!」
「へえぇ・・・・・。」
その発言に、俺の心は4へぇだった。
「それもですねぇ・・・・・」
俺の薄いリアクションに構わず、奥谷は詳細を語ろうとしながら盛大にタメを作り出した。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「俺、宇宙人にキャトラれちゃったっす、てへ!!」
クラスの男子に思いがけずに告白されたその時の様子を、仲の良い女友達に打ち明けるみたいなテンションで言うなよ!!
「キャトラれたって・・・・、つまりあれか、いわゆるキャトルミューティレーションをされたってことか・・・・?」
「ウイ、ムッシュ!!」
何!?ここはフランス料理店なのかよ!!フランス人ウエイターなのかよ、お前は!!
ちなみにキャトルミューティレーションとは、宇宙人によって宇宙船内などに拉致された人間や家畜などの動物たちが、身体の一部に改造を施されたりするものだったと記憶している。
「あれはそう・・・・半年くらい前の夜でやした・・・・。」
またこいつは唐突に語りだしたよ、唐突であることが基本スペックだとでも言うの!?
「俺は金が入った勢いのまま夜の街に繰り出しやしてね、それはもう・・・豪快に遊びまくったんでさぁ・・・・。」
早くも何となくオチが見えそうなんだけど、あれだろ、どうせ酒に泥酔して見た夢でした的な結末なんだろう?
「行きつけの居酒屋で飲んだのを皮切りに、屋台を8軒はしごしやしてねぇ・・・・」
屋台多くない!?そんなに屋台って至る所にあるの、そこは中州かどこかですかーー!?
「その甲斐ありやしていい感じに酔いも回って来やした頃合いで、酒池肉林と洒落込むことにしやして・・・」
てか、その段階で帰るという選択肢はなかったのだろうか、こいつなかなかの強者であるか?
「キャバクラにおっパブにセクキャバを順に3周回りやしてね、そのままの流れでホテルに流れ込んだ頃にはそれはもう俺ったらば、モテてモテてご機嫌でご機嫌で!!」
奥谷よ、それはお前に男性としての魅力があることを意味しはしないのだよ、はっきり言って金の力、尻の軽い女たちがお前の財力に群がっているだけなのだよ!!
「ホテルに入るなり事に及んだ俺は、ものの1分ですっかり果ててしやいやしてねぇ・・・。」
心なしか、否、明らかに声のトーンが下がった奥谷。
それはそうであろう、酒の力を借りて酔いに任せて勇んでホテルに入ったものの、入室即昇天と来た日には穴があったら入りたい、恥ずかしいったらありゃしない男としての痴態を晒してしまったんだからなぁ・・・・。
俺は心の中で奥谷に向けてそっと手を合わせると、さぞや無念だったであろうと同情を禁じ得なくなった。
「すぐに帰るのも何だか気が進みやせんでねぇ・・・、女の子たちが帰ったホテルで1人カラオケに興じて時間を潰しやした・・・・。」
わかった、もうわかったから!!痛いよ!!お母さーん、この子とっても痛いですからーー!!
「ホテルを後にした時には、すっかり朝になってやしてねぇ・・・・。あの日の朝日がやけに目に染みて涙が溢れてきたのは、忘れられやせんぜ・・・・。」
それはね、朝日が目に染みたからじゃないんだよ。
男としてのこれ以上ない敗北感に包まれて、お前の心が耐えられなくなっただけなんだよ。
 「ところがでさぁ!!」
何だって言うのよさ!?
「眩しかったのは朝日に照らされていたわけじゃなくてですね、空飛ぶ物体から発せられていた光に俺が包まれていたからなんでさぁ!!」
「どういうことだ?」
「その物体はゆらゆらと不規則な動きを見せながら、俺の方にどんどん近付いて来やしてね!!次の瞬間には俺の身体は、その物体の中に吸い込まれていったんでさぁ!!」
「・・・・・・・・・。」
「気を失ってしまったらしい俺が目を覚ましやすとね、見知らぬ天井が目の前にありやした!!ところがでさぁ、いくら身体を動かそうと思いやしても、身動き1つ取れない俺は何と、固いベッドの上に縛り上げられていたんでさぁ!!」
「・・・・・・・・・。」
「混乱して取り乱しているそんな俺の顔にですねぇ、大きな頭の生き物が2体覗き込んできたんでさぁ!!」
「・・・それが、宇宙人だったと・・・・?」
「ウイ、ムッシュ!!」
だからフランス料理店か!!
「ええ・・・・、その生き物は大きな頭に大きな2つの黒い目玉、典型的な宇宙人然とした姿形をしてやしたねぇ・・・・・。宇宙人たちは興味深そうに俺の顔や全身をくまなく観察してきやしてね、何やら珍妙な言葉で話し合っていやした!!」
「・・・珍妙なねぇ・・・・・。」
何だろう、今の奥谷の言葉を聞くにつけ、何かが俺の中で引っ掛かっていやがる気がするのだが・・・・。
「・・・そうして宇宙人たちは不気味な笑みを俺に向けやしてね、って言っても口がなかったので、果たして本当に笑っていたのでしょうか!?」
知らんがな!!俺はその場にいませんでしたから!!
「薄暗い宇宙船の内部で・・・縛り付けられ身動きできない俺に、宇宙人たちが手にした怪しく光る凶器が迫ってきたんでさぁ・・・・。」
「うんうん、それで?」
「ただ、ただですよ!!そこから先の記憶がまったくないんでさぁ!!気が付くとゴミ捨て場の生ごみの上に、寝っ転がっていたんでさぁ!!」
「・・・・・・・・・。」
それはあれだろう、何て言うか飲み過ぎてうたかたの女体夢を見損なって、街を彷徨っている間に力尽きて寝落ちしただけなのではないのだろうか?
迫真の演技で自らの体験談を豪語してはいる奥谷であるが、肝心な部分の記憶がないと来れば、いよいよもって夢想・妄想と断定してよかろう。
元々信じてはいなかった俺だが、なおのこと胡散臭いものに思えてきてならなかった。
そのため俺は奥谷の宇宙人話がひと段落したこのタイミングで、若干止まりがちだったハサミを握る手を再稼働させて、時間の帳尻を合わせるかの如く髪を切っていくのだった。

 新規の客・奥谷が望んだ通りの、完璧なるマッシュルームカットを完成させた。
あんまり完璧過ぎて、カラー剤をふんだんに使って毒々しいきのこ模様を再現したくなる欲求が、俺の中に芽生えつつあった。
白地に赤の水玉模様とか、似合うと思うのだがなぁ・・・・。
だが当の奥谷は俺の思い描いた追加サービスを欲するまでもなく、黒々とした巨大きのこ頭、もといマッシュルームカットの出来栄えに大層満足しているようであった。
俺はカラーリングが叶わぬならば、せめてピアニカを持たせてみようと思い立ったりもしたのだが、20年以上昔に一瞬だけ流行ったネタを、1周り世代が違う連中が知っているとも思えなかったので断念した。
「いやぁ、斗毛元さん!!素晴らしい出来でさぁ!!」
「そうか。」
自身に称賛の声を浴びせられる時の、俺の反応は決まってぶっきらぼうであった。
「今後も通わせてもらいまさぁ!!」
「では、会計を。」
新たなる常連客の確保に成功したが、俺は喜びに包まれる様子など微塵も感じさせずに、レジカウンターへと奥谷を誘っていく。
「カット、3500円。」
「ウイ、ムッシュ!!」
だからお前はよう、フランス人か!!
などと突っ込みもせずに、奥谷が財布を取り出す様子をじっくり見ている。
 
 だがしかしだ、代金を支払う意思を見せながらも、奥谷が示した行動は通常の客が財布を取り出すものとは、決定的に違っていたのだった。
ズボンのポケットや上着のジャケットの懐、果ては鞄の中などから財布を取り出すのが一般的な例であり、逆にそれらの方法以外の行動を取る客を俺は知らない。
ところが奥谷はそのどの例にも当てはまらないどころか、俺の経験と予想の上空3万フィートを旋回するかの如くぶっ飛んでいた。
おもむろに右手の親指で自身の頭のてっぺん、頭髪の生え際であるつむじを押し出した。
その所作はつむじをマッサージする指圧などとは一線を画していて、つむじが陥没してしまうのではないかというくらい力を込めていき、突起状のボタンを起動させるみたいに激しく押し込んでいるのだった。
見ているだけでも俺のつむじが痛みを感じてしまうくらいの激しい押し込み。
が、こちらの受ける視覚的ダメージとはまったく正反対に、奥谷は痛覚とは無縁の表情だ。
その代わりと言っては何なのだが、力強く押し込まれていたつむじがニョキニョキと反動を利用してどんどんせり上がってくる。
俺の硬直を余所に、なおも直径3センチ程度のつむじはせり上がり続けていき、飛び出した長さが30センチになろうかという辺りで、ようやく動きを止めた。
奥谷の頭頂部から伸びたつむじ、極太のとても長いペンが突き刺さっていると言えばおわかりいただけるだろうか?
さらに間髪入れずに、今度は突き出たつむじを中心にしてマッシュルームカットに仕上げられた、奥谷の頭髪が回転しながら上昇していくではないか!!
右ねじの法則よろしく、組み立て式のプラモデルの毛髪部分を取り外していくように、奥谷の額から下の顔面と髪の毛がみるみる分離していったのだ!!
そして突き出ていたつむじの先端までマッシュルームの黒髪が到着した途端、髪は回転を止め見事なまでに奥谷の肌と髪の間には隙間が形成されていた。
「お待たせいたしやした、今財布を取り出しますからねぇ!!」
会計を待ってもらっていたことを詫びながら、奥谷は出来立てほやほやの自分の頭部の隙間に手を差し込んではまさぐり、正面から見て右目の後方辺りで何かを掴んでは取り出した。
掴みだされたものはまごうことなき財布であり、奥谷は開いた札入れから1000円札を4枚取り出して、俺に手渡してきた。
「じゃあ、4000円からでお願いしまさぁ!!」
「お・・・おう・・・・。」
確かに4000円を受け取った俺はレジのドロアーを開け、1000円札をしまうのと引き換えにお釣りである500円玉を取り出して渡す。
「・・・・500円のお釣り・・・・・・。」
「はい、どうもでさぁ!!」
奥谷は500円玉を受け取ると財布にしまった。
そしてまた頭部の隙間に財布を収納しようと試みだしたのだが、俺は動いた。
「ちょっと待てーーーーー!!!!!」
「どうしやした?」
「いやいやいやいや、どうしやしたじゃなくて!!おまおまおま、そそそそれ一体ぜんたいどうなっているんだーーーい!?」
代金のやり取りを済ませた俺は、遅ればせながら奥谷の超変形に盛大に突っ込んでみた。
「あぁ、これですかい?だから言ったじゃねぇですかい、宇宙人にキャトラれたって。」
ただの法螺だと思っていた、正直言ってこれっぽっちも信じてはいなかった奥谷の宇宙人話が、まさか本当のことだったなんて!!
だが事ここに至っては、信じるより他あるまい。
目の前の光景が、これ以上ない真実だと証明してしまっているのだから。
奥谷はきょとんとした表情で小首を傾げているが、問題なのはその顔だ。
肌と毛髪の部分で境になり、きれいにパーツ分けされたように分離していて開きっぱなしなのだからな。
俺は未だ見たことのない未知なるものへの恐怖にも似た感情を押し殺して、覚悟を決めて奥谷に歩み寄っていった。
「すまないが、ちょっと失礼させてもらう。」
一応断りを入れてから、俺はしゃがませた奥谷の顔面にできた隙間を覗き込んで、内部がどのようになっているのか自らの目をもっての確認行動を取った。
その奥谷の構造とは・・・・・・?
外側から見ていた分には、他の人間たちと何1つ変わった風には見えなかったのだが、その内部を覗き見て愕然となった。
完全なる金属製で頭部が構成されていて、ステンレスなのか鉄なのか材質までは判別は付かないまでも、間違いなく人間の皮膚組織とは異なり、銀色の光沢を放っているのであった。
さながら金属の球体の外側に、人間の皮膚を貼り付けて顔を模しているようだ。
ロボットと形容した方が余程しっくりくる内部は、水彩絵の具で使用するバケツのように顔の前側1/2をまず仕切りで仕切られていて、残った後ろの半分をさらに1/2ずつに仕切られた変則的に3分割にされている。
口や目といった器官が貼り付けられている前側は鉄板で密閉されているが、残る後ろの半分は空洞となっておりスッカスカ、おそらくこの部分に財布を収納していたのだろう。
何なの!?貴重品は顔の中に収納する仕様なの!?
天高く浮上したまま固定されている髪の部分も、内側から見た構造は概ね同様のスッカスカとなっており、毛髪はウイッグなのか本物の人毛を移植したのだろう。
実際に髪を切っていた時の手触りを思い出してみると、後者であろうが・・・・。
キャトルミューティレーションの詳しい定義についてはよくわからないが、どちらかと言うと奥谷に施された処置は、改造手術に近い気がするのだが・・・・・。
奥谷の内部構造を覗き見ていた俺はひとまずの疑問は晴れたが、そうすると残るものは純粋たる恐怖と戦慄、顔から血の気が引いていくのを嫌でも自覚してしまう。
「もう、よろしいですか!?そんなにまじまじと見られるのは、さすがに恥ずかしいでさぁ・・・!!」
「あ・・あぁ・・・・」
初体験時の女子のように恥ずかしがる奥谷だが、俺が見ていたのは少女の肌ではなくキャトラれたオッサンの頭部の内部構造だ。
真実を目の当たりにして固まってしまっていた俺は、奥谷から離れていくも二の句が継げない。
一方の奥谷は恥じらった表情から解放されると、天に轟けと言わんばかりの大声でこう叫んだ。
「イウユユビヌセリュイジュユキキミオウイェーーー!!!」
すると奥谷の毛髪は回転を始めゆっくりと下降していき、すっぽりと元の位置に収まると、続けてせり出していたつむじの突起も時間差で回転しながら下がり始め、きれいにまるで何事もなかったかのように収納されたのだった。
こうなるともう、どこから見てもただの地球人・一般人にしか奥谷は見えなかった。
だからきっと、これからも奥谷が話すことを信じる者はいないだろう。
この目でその一部始終を見届けた、俺は例外として。
 
 奥谷は台風一過を体現しながら、店を後にしていった。
店内に残された俺は、ショッキングだった目にしたばかりの出来事に、タバコを咥えて思いを巡らせていた。
奥谷・・・・、何て恐ろしい子、いや恐ろしい客だ。
ただ救いなのは、俺に対して一切の敵意がないことか。
宇宙人によって独自の進化を遂げてしまった奥谷、奴は人間なのかはたまた異形なる者なのか?
この先奥谷には、どんな未来が待っているのだろうか?
「・・・あっ、ヤバい!!猛烈にうんこに行きたくなってきたーー!!」
まだだいぶ残るタバコをもみ消し、急いで階段を駆け上がっていく俺にはそんなことは知ったことではない、未知なる客よりも自分自身の便意の方が今はよっぽど問題だからだ。

 世の中にはまだまだ、俺の知らないことがあるものだと思い知った日となった。
俺は噛み締めるように教訓として胸に刻みつけながら、静かに汚れてしまったパンツを洗面台で手洗いした後、洗濯機に放り込んだのだった。

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登場人物紹介

斗毛元 40代の中年理容師

大阪府内某所にベルべレソンという理容室を営んでいる。

ハードボイルドに生きることを生業として、様々な客や困難に立ち向かっていく。

妻・・・30代後半、斗毛元の意向によりバーを経営しているが文句タラタラの恐妻。

シュウさん・・・武器や様々な器材を調達してくれる斗毛元の強い味方。

服部・・・斗毛元馴染の蕎麦屋の店主。

上松瀬警部・・・斗毛元とは旧知の間柄であり相棒の敏腕警部。極度の熟女好き。

米谷・・・ベルべレソンの常連客。常にしゃべり続けて絡んでくるウザい芸人顔負けの一般人。

未来久留巣・・・かつての斗毛元の上司であり、理容師業界に一大勢力を築いている。斗毛元抹殺を誓い、手段を選ばずに襲いかかってくる。

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