第54話  メタ④ だいすきなネギトロ丼

文字数 864文字

 アンコはためらうことなく、喫茶店の中に入った。彼女と最初に出会った時とは比べ物にならないほど変わっていた。

 小さなメニューボードが喫茶店の入り口に立っていて、ネギトロ丼定食と煮込みハンバーグ定食が日替わり定食として示されていた。迷わずネギトロ丼定食を頼もうと心に決めた。食べたばかりではあったが、ネギトロ丼定食が気になっていた。

 その隣でメロンが呆れたような声で「まだ食べるの? デブになっちゃうよ」と注意してきた。

 喫茶店の入り口には鈴が取り付けられており、客が入る度にその音色が響き渡る。その音が鳴ると、カウンターにいた女性が元気よく微笑みながら応対してくれた。

 女性は今でも綺麗(きれい)だが、きっと若い時は看板娘として喫茶店を賑わせていたのだろう。彼女の表情とふるまいからは、いまだにその魅力が感じられた。

 厨房(ちゅうぼう)では、寡黙(かもく)な男がフライパン振り回して料理を作っていた。その光景を見つつ、アンコの方を見ると、彼女が新聞を読んでいる男性を指差していた。

「あれがハーヴェイです!」
 ハーヴェイを見るとなぜかネガティブなオーラを感じた。俺は負のオーラを(まと)っている空気の奴と絡むのは好きじゃないんだよなと思い、オータムに(うなが)してハーヴェイのところへ向かわせた。

「ハーヴェイ! 元気ですか?」
 新聞を読んでいたハーヴェイは声をする方向に顔を向けた。オータムの顔をゆっくりと確認すると、もう新聞に目を戻した。その後、すぐにオータムの横にいるアンコの顔を確認していた。考えが脳に(たっ)するまでに時間がかかったようだ。

 辛気臭い顔がみるみると活力がある顔に戻っていくのが俺にはわかった。テレビに映っていたハーヴェイは笑顔のイメージしかなかったが、目の前にいるのは、オーラもなくなっているただの男だった。

「アンコじゃないか。久しぶりだね?」
 ハーヴェイは驚き、読んでいた新聞紙を(たた)んでテーブルの上に置いた。
「よかったら、一緒に食事しない?」と提案してきた。俺たちはその提案通りに座ることにした。

「君はたしか教授と一緒に捕まっていたよね? 大丈夫だったの?」
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