第1話

文字数 2,075文字

 新品のブレザーに袖を通し、速攻で朝食を食べ終わると、僕は鞄を肩にかけながら颯爽と家を出た。
 転校初日に遅刻するわけにはいかない。緊張のあまり昨夜はほとんど寝付けなかったが、それでも期待の方が上まっている。
 予定より少し遅れているが、それでも想定内だと息まきながら、学校に続くなだらかな坂道を駆け上っていく。
 柔らかな春の日差しと少し肌寒い風がとても心地よく感じ、気分が高揚せずにはいられない。
 昨日、打ち合わせのため、父親と共に学校を訪れてはいたが、それでも少しばかり道に戸惑う。昨日は車だったから細かい道順など覚えちゃいない。
 一応は一本道なので、ただ、道に沿ってまっすぐに進むだけのはずだ。それでも不安は拭いきれなかった。
 しばらくすると、同じ学校と思われる制服の生徒たちを、チラホラ見かけるようになった。おかげで道順は合っていることを確信し、足取りがさらに軽くなる。
 今日から通う高校は、男女ともにブレザーの制服で、女子のそれは超かわいい。
 昨日貰った資料によると、有名デザイナーが数年前に手掛けたらしく、制服目当てに受験する生徒も少なくないとの情報だった。

 僕の名は風見徳也(かざみ、とくや)。
 父親の仕事の都合で、先週、北海道の旭川からこの町に引っ越してきた。高校二年生になったばかりの僕は、転入試験を受けて、どうにか私立、小村崎(こむらさき)高等学校に潜り込むことができた。
 小村崎高校は県内でも指折りの進学校。東京六大学にも毎年のように現役合格者を輩出している。
 ここだけ聞くと、如何にも僕が優等生のように聞こえるだろうが、実のところ、転入試験の成績が良かったわけではない。
 この学校の校長が父の大学時代の知り合いらしく、決して頭脳が明晰と言えない僕に、便宜を図ってくれたことは間違いない。
 絶対口を割らないだろうが、父も寄付という名の実弾を浴びせたのだろう。
 大人の事情はともかく、晴れて転入することができたという真実に、僕は素直に喜びを感じた。

 まっすぐ伸びる桜並木を意気揚々と歩いていると、やがて校門が目に入った。一陣の風が頬に当たり、身を震わせながら感慨深げに一歩足を踏み入れる。
 大勢の生徒たちが校舎の玄関に向かう中、ふと足を止めた。
 校庭の隅にある物置小屋のような建物の前で、一人の女子生徒がスマホをいじっていた。
 距離にしておよそ三百メートル。普通の人であれば、顔など判別できないだろうが、僕の視力は二・〇。視力だけは誰にも負けない自信があった。
 なぜその子が気になったかというと、もちろん答えは一つしかない。

 メチャメチャ可愛い!!!!

 これまで出会ってきた女子の中ではダントツの一位。売れっ子のアイドルさえ霞むほどだ。
 セミロングの黒髪で、大きくつぶらな瞳。美人とはまさに彼女のためにあるような言葉で、一瞬のうちに心を奪われた。
 向こうは僕に気づいていないらしく、無表情でスマホを素早く操作している。しかも横持ちで両手を使っているのだから、おそらくゲームをしているに違いない。
 しばらく見惚れていると、突風が吹き荒れた。
 桜の花びらが舞い散る中、スカートがめくれ上がる。
「きゃっ!!」
 実際に聞こえたわけじゃないが、そんな風にスカートを押さえる。
 辺りをきょろきょろ見回すと、僕は平静を装いながら視線を逸らし、何も見なかったような顔で校舎に入った。
 おニューの上履きに履き替え、靴を下駄箱に入れる。
 職員室に向かいながら廊下をゆらゆら歩き、さっきの光景を思い浮かべる。

 純白のパンティー!!

 思わず顔がにやけてしまう。スカートの中のきらめく秘宝が写真のように頭にこびりつき、消去しようにもデリートできないでいた。他にも生徒は大勢いたが、僕以外に拝めたものはいないはずだ。つまり、あの瞬間を脳内カメラで激写することができたのは、オンリーワンということだ。
 だらしなく頬を緩ませながら職員室の扉を開けた。
「おお風見君、待っていたよ。道に迷わなかったかい?」
 声をかけてきたのは、高田(たかだ)という僕の担任。
 くぼんだ目に青白い肌。ひょろながな体つきで、お世辞にもスポーツマンタイプではない。どことなく頼りなげな風貌の優男である。
 左手の薬指がガラ空きなので、独身に間違いなく、それどころか、素人童貞でもおかしくはない。
 昨日、父と一緒に訪れた際、一緒に打ち合わせをしたのは記憶に新しい。
 大丈夫でしたと返事をすると、高田先生は僕の肩を馴れ馴れしく叩き、共に教室へ向かうこととなった。
「君の得意科目はなんだい?」高田は不意に尋ねてきた。
 返答に困る僕。万年赤点の僕に得意科目などあろうはずがない。
「……特にありません。……しいて言えば、体育……かな?」
 体育とてそれほど得意ではなかったが、それでも他の教科に比べればマシだといえる。
「……そうか。体育か……」
 残念そうにうつむいてしまった。高田は日本史の担当だったので、期待にそぐわなかったのだろう。
 それでも僕に気を使ってか、昨日聞いたばかりの学校の説明を繰り返した。
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