第69話 魔女

文字数 2,052文字

「気持ちを落ち着かせてくれ、ユウト。大方ユウトにしか伝わらない方法で私の命と引き換えにといった感じのことを言われたのだろう?」

 ヨーレンは何かを察して飽きれたようにユウトをなだめると白灰の魔女へ目線を送る。ユウトはカッとなっている頭をヨーレンに無理やり冷やさられたことで行き場の失った熱のやりばに困り大きく息を吐いて気を紛らわさせた。

「相変わらずの悪趣味ですね。まったく大人げない」

「感情の動きとは流れる水を見ているようで飽きないからね。時には滝のような突然の落差が見たくなるもんさ。

「さて、それでは調査を始めるか。ユウト、屋敷へ入りな」

 白灰の魔女はそう言って深く腰変えていた椅子から難なく立ち上がる。すっくと立つその姿は歳よりには見えないたたずまいだった。

 それ以上にその身長の高さにユウトは息をのむ。軽く十頭身を超えそうなその体型はファッションモデルを通り越して極端な造形のマネキン人形のようだとユウトは思った。

 そして体重を乗せることはない杖を持ち、幅広い一歩で優雅に屋敷の扉へ歩き出す。そして扉に近づくと自然にその扉は開かれた。

 ユウトはその様子を唖然と眺める。その場に立っていて感じていた妙な遠近感の狂う居心地の悪さの正体がわかった気がした。

 ユウトはいよいよだと気持ちを切り替える。大きく息を吸い覚悟を決めてユウトも屋敷の扉へ向けて一歩を踏み出した。

「ヨーレン。お前はそこで待っていろ。結果はあとで本人から聞くといい」

 白灰の魔女は扉をくぐる直前に軽く振り返りヨーレンに語り掛け、屋敷の中へ消えていく。ユウトも遅れて開け放たれた高さのある扉をくぐった。

「靴はそこで脱ぐように。すぐ代わりの履物をよこすよ」

 白灰の魔女は歩みを止めることなく部屋の奥へ進みながらユウトへ指示を出す。ユウトは指示に従い入口を入ってすぐに置かれた敷物の上で立ち止まった。

 扉の先は大部屋のようでヨーレンの工房ほどではなかったが広さがあり天井も高い。磨かれた艶のある床板は窓から差し込む光を反射している。少し薄暗さを感じたがそれと同時に部屋のあちこちに設置された魔術灯に明かりが灯り始め部屋全体が照らされて見渡せるようになった。

 すると隅々で動く物体が目に留まる。それは外の庭で見たぬいぐるみのような動く人形達だった。複数体で椅子を持ち運ぶものがいたりユウトの足元へ室内履き用と思われる履物を二体で運んでくるものもいる。よくよく観察してみると外にいるものと違った様相をしており外にいたものと比べて泥汚れが見えないことから室内外で担当が分かれているのかと考えていた。履物を持ってきた人形へつい一礼しつつユウトは靴を履き替える。

 間近に見る人形には粗さがない丁寧な作りできめの細かい布で形作られデフォルメされた顔や髪からはユウトの前世界でもそん色ないキャラクター性があった。

「そこへ座りな」

 白灰の魔女は人形たちが運んだ指さして促す。ユウトはそれに従い部屋の中央付近に設置された木製の格子の装飾をされたシンプルな椅子へと腰かけた。

「さて、では始めようかユウト」

 ユウトが座ったことを確認し、ユウトと正対するように置かれた豪勢な椅子に腰かけた白灰の魔女が語り掛ける。

「待ってくれ」

 ユウトはタイミングを見計らって流れを止める。ユウトの気持ちの上では先ほどのからかいに対して納得しきることができず行き場のないもやもやが未だくすぶっていた。

「なんだい」
「そちらの名を教えて欲くれないか。オレはまだ知らない」

 白灰の魔女にこのままペースを握られるのはどうしようもないことはユウトも理解している。それでも対価という言葉を使った限りはお互いの立場に優劣はないとユウトはささいな抵抗であっても表明したかった。

「フフッ」

 ユウトの質問に白灰の魔女は小さく自嘲する。

「確かにそうだね。
 ここ最近は皆が白灰の魔女と呼んでくれることにかまけて名乗ることをおろそかにしていたかな。お前さんのように明確に名を尋ねたのはガラルド以来か。
 わしの名はナールジヴァート=レテ=テュレンバラ=ソルバトゥーレと言う。
 副発声の部分は聞き取れたかはわからんが長く呼びにくだろうからジヴァとと呼ぶといい」

 ユウトにはジヴァが名を名乗った部分だけ、かすかに別の音声と重なって聞こえたが再現できる気がしなかった。

「わかった。よろしく頼む、ジヴァ」

 不愛想に語るユウトに反してジヴァは楽しそうに目元の皴が深くなる。

「さて、自己紹介も済んだことだし始めるとしようか」

 ジヴァは片手をユウトに向けてゆっくりとかざす。すると手のひらがほのかに光を放ちだすとその強さはだんだんと増していった。光の強さはヨーレンとは比べ物にならないほど強い。そして光は収縮を始めると手のひらに光の線で模様を浮かび上がらせた。

 座っているユウトとジヴァの間には数歩ほどの距離が置かれているがジヴァはそんなことを全く気にする様子もない。手のひらをたおやかで複雑に宙で舞を披露するように動かせ続けた
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