第6話 不思議な少女

文字数 2,169文字

 UFOを見送ったあと、あまりの衝撃でぼくはしばらく呆然としていた。

 赤い光が注がれた場所が気になったぼくは、祈念坂を登って大浦展望公園まで行ってみた。さっきUFOが浮かんでいた場所はこの辺りのはず……と予想して、時間を掛けて見て回ったが、地面や草が焼けた跡など目に見える痕跡は見つけることが出来なかった。

 諦めて坂を下りたぼくは祈りの三角地帯の一角にある大浦諏訪神社に行ってみた。二匹の猫の姿を見かけたが、すぐに軒下に隠れてしまった。昼下がりの時間帯、猫たちはあまり活発に動き回らない。

 最後に訪れたのは仏教寺院の妙行寺。
 境内に一歩足を踏み入れたら、そこは沢山の猫で賑わっていて、まるで夜の集会のように猫たちが境内の一角に集まっていた。ぼくはそっとズームレンズを伸ばし、続けて何度かシャッターを切ってその姿をフィルムに収めた。
 輪の中心に猫たちと語り合うようにしゃがみこんでいる若い女性がいた。うつむき加減の顔はこちらからはよく見えなかったが、ファインダーに映るその姿になんとなく見覚えがあった。ショートボブの髪。オレンジ色のTシャツから伸びる細い腕。肩に掛けたトートバッグ。ウォッシュアウトしたジーンズのミニスカートから覗くすらっとした白い脚。そしてブルーのスニーカー。
 まさか姉が高校時代の自分にコスプレして、ぼくを驚ろかそうとしているのか?

 猫たちに脅威を感じさせないよう、ぼくはそっと近づいて声をかけた。
「海? 姉さんなの?」
 こちらを見上げたその顔は姉ではなく、はっと息を呑むほどの美少女だった。色白の肌と左右で違う瞳の色。カラーコンタクトかもしれないが、とても日本人離れしている。
「いや、ごめんなさい。人違いでした」
 ぼくが立ち去ろうとすると、彼女は立ち上がった。
「ヒトチガイジャナイ ココデマッテタ」
 少女が猫の輪の中心からこちらに向かって歩き始めると、猫たちはその後を付いてきて背後を護るように綺麗に並ぶ。彼女はぼくの目の前に立ち、笑顔で握手を求めていた。
 初対面の男子相手になかなか大胆だけど、もしかしてぼくをカメラマンと勘違いして挨拶をしたモデルさんなのか? 汗ばんだ掌をジーンズで拭い、ぼくは慌てて右手を差し出した。
(ワタシハ ミウ ヨロシク)……握手の瞬間、そう聞こえたような気がした。
「ぼくは宙、よろしく」
「ヨロシク」と言ったあと、ミウはぼくの顔をじっと見つめている。「ワカイネ」
「君も若そうだけど、海外から来た高校生?」
「カイガイ?」
「アメリカとかヨーロッパとか……」
「カイガイ ジャナイ ミライカラ」
「未来人?」
 からかっているんだろうか? テレビ番組の収録を疑ったぼくはカメラマンが境内に隠れていないか辺りを見渡してみた。しかし誰もいないみたいだ。
「さっきあの辺りの上空にUFOがいたでしょ?」とぼくは空を指さした。「君も見た?」
「サッキマデ……」と言いながらミウは首を傾げている。「ソレニノッテキタ」
「へぇ、UFOに乗ってきたんだ」
 そう言えば、姉はUFOのことを、「宇宙船なのか、無人のステルスなのか、未来から来たタイムマシンなのかわからない」と言っていた。でもまさか……。
「オモシロガッテル ジカンナイ」
 ミウは空を見上げた。黒い雨雲が低く垂れ込めていて今にも泣き出しそうだ。
「イソガナイト ダイジナミッションニ マニアワナイ」
「大事なミッション?」

 やっぱり何かの番組の企画なのだろうか? 逡巡しているこちらに構うことなくミウはいきなり両手でぼくの手を握った。その瞬間、放水されたダムのように大量の思考の渦がぼくの頭の中に一気に流れ込んできた。ミウから送られたイメージやビジョンはまるでアニメかSF映画のように非現実的なのに、有無を言わせぬ説得力を持っていて、疑う余地など全くない。ぼくはキャッチしたイメージの断片を言葉にした。
「リング? それどこにあるの?」
 ミウはトートバッグから直径二十五センチくらいの金属の輪を取り出した。色艶がUFOによく似た材質のそれは、手に取るとものすごく軽い。ぼくは流れ込んだ思考の渦から一つの流れを再構築して、ミウに確認した。
「このリングを平和祈念像の人差し指に掛けるんだね?」
「ソウ! イソゴウ」
 ミウはぼくの手を取って急ぎ足で歩き始めた。
「平和公園まで歩いて行くの? 歩いたら一時間かかるよ」
 繋いだ手から返事が送られてきた。
(アルカナイ ハシッテイク!)
 ミウは駆け出した。ぼくも走りはじめたが、背中には機材を背負ってるし、カメラは肩からぶら下げたまま。こんな状態で五キロも走られたらたまらない。
 グラバー坂を駆け下りて大通りに出たところに、ちょうど空車のタクシーが通りかかった。大きく手を挙げると、タクシーは少しバックしてドアを開けてくれた。
「これに乗っていこう、走るよりずっと早いから」と言うと、ミウを先に押し込んで行き先を告げた。「平和公園までお願いします」
 ぼくはタクシーの後席でミウの手を握ったまま、頭の中で質問してみた。
(ミウが未来から来たなら、二〇二一年の選挙でアメリカの大統領に誰が選ばれるか知ってる?)
(アメリカガッシュウコク? ダイトウリョウナラ ジョー・バイデン)
(バイデンさんか。あの人はかなり高齢だけど、大統領になれるのかな?)
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