走れ、ピンクのラパン

文字数 875文字

ご主人様、こんな夜更けに僕を起こすなんて珍しい。

ちょっと驚いたけど、僕はぶるんと目を覚ました。

僕はラパン。
フランス語で「うさぎ」って意味らしい。

ご主人様の好きなパステルピンク色の僕は、
「ピンクのうさぎ号」と名付けられ、
窓には可愛いお花のステッカーも貼ってもらった。

ご主人様、今夜はどちらへ参りましょうか?

ご主人様の行きたい所なら何処へでも。

先月は写真を撮りたいからと鎌倉へ、
この間、房総半島にいちご狩りに行った時は
お友達のユキちゃんも一緒だったね。

シャンプーで洗ってくれる時、小さな擦り傷を見つけては、
「ごめんねーー」と申し訳なさそうに僕を撫でた。

今夜のご主人様は真面目な顔をして、
住宅街を抜け、国道357号線を西へ。

あぁ、そうか。

このルートは、ご主人様が悲しい時に通るルート。

新木場から海側の道路に入り、ゲートブリッジを渡って、
お台場を抜けレインボーブリッジへ。

眼下には勝どきのタワーマンション群、
晴海埠頭の客船の灯りがきらきら輝いている。

ご主人様の目にもきらきら光るものが見えた。

都心を抜け、第一京浜、山手通り、そして目黒通り。

わかったよ、ご主人様の行きたい所。

僕は走り慣れた道を行った。

そして到着したのは、いつものあのマンション。

ご主人様は少し離れたその建物が見える場所に僕を止めた。

でも今日は、そこに行かないんだね。

ご主人様はあの窓の明かりを見つめて泣いている。

僕は…… そんなご主人様に何もしてあげられない。

「うわぁぁぁん」

ひと気のない道路の片隅で、ご主人様は声を上げて泣いた。

僕はじっとご主人様が泣き止むのを待った。

好きなだけ、泣いて下さい。

きっと涙とともに悲しみが流れ落ちるから。

それまで僕は何度でもここに来るよ。

ご主人様の気が済むまで。

ひとしきり泣いたご主人様はふぅと息を吐いて、
涙を手でぬぐい、僕とともにその場から去った。

僕の時計は24時50分。

一緒に帰ろう。

夜も遅いけど、僕が君を守って安全にうちまで送るからね。

それまで好きな音楽でも聴いて。

ご主人様、
僕はどこまでもあなたの相棒。

喜びも悲しみも、ずっとこのピンクのうさぎとともに。
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