第1話 存在証明

文字数 7,061文字

 2035年。
 多くの学校が生徒不足により廃校になっていた。

「せっかく越してきたのにまた廃校か。やっぱ都会の学校じゃないとまともな勉強は受けられないのかなぁ」

 左右に分かれた白髪と黒髪が特徴的なこの少年は天神(あまがみ)黒乃(くろの)。高校一年生。
 田舎の学校を転々と回るがそのすべてが廃校となりまともに学校に通ったためしがない。

「やっぱり東京行くしかないかぁ……。あー! もう! 母さんと父さんに頼らざる負えないなんて意気揚々と出てきたのにかっこわるすぎだろ……」

 黒乃は父親と母親に頼ることをあまりよく思っていなかった。
 それは父は外科医で母が精神科医であるゆえに経済的に裕福であり何事も過保護なほどにサポートしてくれるからだ。そんな生ぬるい生活をしていた黒乃は日本でもまともに学校に通えていない生徒がいる中、無視して過ごすことを拒否し、一人で田舎や地方の学校で過ごすことにしたが、そううまくはいかなかった。


 次の日。
 東京八雲(やくも)総合病院にやってきた。
 病院の中にあるカフェテリアスペースに来ていたが高い天井にガラス張りの向こうには自然豊かな公園が広がっており噴水なども完備している。
 この場所だけ見るとまさか病院だなんて思えるはずもないが、リハビリ中の患者や白衣を着た人たちが時折通ることでここが病院であることを思い出すことができる。

「黒乃くん、久しぶりだね」

 声をかけてきたのは看護師の女性だった。

「明美さんまだここに務めてたんですね」
「うん。また頑張ろうかなって」
「明美さんの笑顔はきっと患者さんの助けになります。何かあったらまた頼って下さい。父さんたちみたいにコネも金もないですけどね」
「うんっ。あ、二人とも来たみたいだよ」

 明美は小さく手を振りその場を去ると白衣を着た男女二人に頭を下げた。
 女性がクールに看護師へ手を振り通り過ぎると、黒乃の姿を見つけたと同時に走ってやってきた。

「黒乃!! 心配してたんだよっ! 大丈夫? 体調悪くない?」
「大丈夫だって! 抱き着くなって!」
「こらこら、病院で走ると患者さんの迷惑になるだろう」
「だって黒乃が戻ってきたんですよ!」

 抱き着いてきた黒髪ロングで白衣を着た女性は天神(あまがみ)(れい)。黒乃の母だ。
 その後ろにいる白衣に眼鏡、白髪の男性が天神(あまがみ)理念(理念)。黒乃の父だ。
 二人とも黒乃を溺愛しているが母と父ではその愛情表現は違う。
 零はクールな見た目に普段の雰囲気からは考えられないほど黒乃にスキンシップを求める。理念は様々な支援をすることで愛情を表現している。
 二人とも多忙なために黒乃と会えないことからこういった過剰な愛を注いでしまう。それを反抗期の黒乃はよく思わず一人で地方に住むことにしていた。

「メッセージ通りならもうこっちに住むってことでいいんだな?」
「ああ。意地張ってまともに生活できないほうが困るから……」
「でも、進学校や名のある高校にはいきたくないと」
「名前を出すと優先的入れられるのが嫌なんだ。コネで入ってしまったらずっと甘えてしまうから……」
「甘えていいんだよっ。黒乃のためなら私たちなんでもするからさ!」
「零、黒乃にも考えがあるんだ。そうあまり強く押したら断りづらいだろう」
「は、はい……」

 黒乃は楽をすることが嫌いと言わけではない。
 こんなご時世だからこそ身に周りにあるものを使っていくことに反対はしていない。しかし、黒乃は成長することを望んでいた。

「そうだなぁ。……黒乃、自身の運動神経はいいほうだと思うか?」
「まぁ、それなりに。長くはやってないけど誘われたスポーツや格闘技は一通りやったし」
「そういえば黒乃は前に言ってたな。物が止まって見えたり気づいた移動していたとか」
「あと、原付バイクを追い越したこともあるかな」
「そうか。……よし、特殊な場所だが黒乃にとっていい刺激になる場所がある。危険なこともあるし怪我をすることだってあるが黒乃ならきっと大丈夫だろう。話はつけておくが学校に入れるかは黒乃次第だ。いいか?」
「よくわかんないけど、一度行ってみるよ」

 黒乃は一度両親が住む高層マンションに帰りそこで一晩を過ごすことに。
 両親は普段病院近くにある別のマンションに住んでるためにこのマンションはあまり使われていない。そのため、実質今日からここが黒乃の家になる。
 テレビやネットでは原因不明の破壊現象についてのニュースが流れている。
 それ以外にも中身のない議論番組や用意された映像をみて芸能人がリアクションをするようなものばかり。
 テレビを消して引くほど高いマンションの上層階から夜景を眺めると、日本が少しずつ荒んでいることがまるで嘘のように思えてしまう。都市を走る数多の光に建物の明かりが明々と輝いている。これだけ活気があるというのに、少し地方に出るだけ子どもの声すらも聞こえなくなる。

「がむしゃらにやっても仕方ないとはわかってる。だけど、傍観してるのは辛いんだ。俺にできることを全力でやりたい……」

 黒乃は悪意がはびこる世界に人の善意こそが世界を変えるカギだと信じていた。
 かつて、友を失ってから立ち止まることをやめたのだ。
 白いハンカチを握りしめ、以前の悔しさが内側から溢れ出るのを耐えていた。


 数日後。
 黒乃は父理念に言われた場所へとやってきた。
 そこはオフィス街にある大きなビルだった。
 真下から見上げると上が見えないほど高い。

「えっ……。学校行くんじゃないのか……」

 とりあえず制服でそのビルに入ると受付の女性が笑顔で応対してくれた。

「天神黒乃さんですね。お待ちしておりました。そちらのエレベーターで最上階のボタンを押して奥にある校長室へお願いします。お時間5分以内で部屋まで移動をお願いします」
「こ、校長室……?」

 スーツを着た人がたくさんいる中で時折制服姿の人たちも見える。
 よく見るとそれぞれ好きなようにスーツや服を自由に着こなしている。みんなバラバラだ。

「変なとこだな……」

 広いエレベーターに乗り上の階へと移動する。
 ビルの階数は驚愕の70階。

「横浜ランドマークタワーかよ……」

 着実にエレベーターは上の階を目指していたが突如、60階付近でエレベーターは停止した。

「うそだろ……。時間がないってのに」

 コールボタンを押すが反応はない。
 完全にエレベーターの中に閉じ込められてしまったのだ。

「確か5分で移動しろとか言ってたな。もしこのまま時間が過ぎたらどうなるんだ。普通はこのビルに責任があるよなぁ。……いや、こんなとこで止まるならそこまでというやつだ。本当にやる気があるのなら、どんなに大きな壁にぶつかろとそれをぶっ壊していくはずだ!」

 その時、黒乃の中にある何かが共鳴した。まるで全身がつながったように。
 
「まずは開けてみろだ!!」

 重厚なエレベーターの扉をこじ開けようとわずかな隙間に指をひっかけ力を込めた。

「開きやがれっ……!!」

 本来なら開くはずもない扉が共鳴し高まった黒乃の力によりゆっくりと開いた。
 しかし、目の前は壁。
 ここは前の階と次の階の間だったのだ。

「……ったく。だったら次はこっちだ!」
 
 跳躍し手当たり次第に天井をつつくと一部開けられるような天井を発見した。
 強引に天井を開けてエレベーターの上に出ると。ガラスがあるとはいえ真後ろには外の景色が広がっていた。

「高いなぁ……。次の階の扉を開いて階段を見つけて一気に駆け上がるの一番か。……よし! やるぞっ!!」

 エレベーターのワイヤーをよじ登り次の階の扉の前まで来ると、振り子のようにゆらゆらと体を揺らし扉へと跳躍。わずかであるがでっぱりに足をひっかけ、圧倒的なバランス感覚で体勢を保ち扉を開けた。
 しかし、とんでもないところから現れた黒乃に対し職員らしき女性が驚き声を上げるとすぐに警備員が駆けつけてきた。しかも、手錠やロープをもって拘束するき満々な様子で。

「やる気たっぷりかよ!」
「まてぇぇ!!!」

 なんとか警備員を回避しつつ非常階段を見つけ70階へと駆け上がった。

「ゴム弾による発砲を許可する」

 誰かの無線から物騒な指示が聞こえた。
 
「だが、この扉を開けた70階だ! ここであきらめてたまるか!」

 扉を開けると銃を構えた警備員が3人銃口を黒乃に向けて立っていた。

「止まったらだめだ。突っ込め!」
「そこで止まれ! 出なければ発砲するぞ!」
「ここまで来たやつが止まるわけないだろう!」

 黒乃は警告をものともせず突っ込んだ。奥には校長室の扉がある。
 あと少しなのだ。

「撃て!!!」
「逃げるっ! 避けるな! 進めぇ!!!」

 ゴム弾が放たれた瞬間、すべての動きが一瞬だけピタリと止まった。
 しかし、黒乃はそのことに気づいておらず警備員を突き飛ばした。
 すぐに警備員たちは動き出しすでに後ろを走っている黒乃に気づき驚いた。

「瞬間移動の類か! だが、扉を開ける前に仕留めれば!」

 まだ扉には手が届かない。
 しかし、扉はゴム弾を発射する直前に自動的に開いた。
 
「まずいっ!? 撃ち方やめ!」

 だが、一人の銃がすでにゴム弾を発射していた。
 あと少しでゴム弾が黒乃の服に触れようとしたところで、黒乃は加速した。
 通常の銃弾よりも遅いとは言えど放たれたゴム弾より瞬時に速く走るなど人間技ではない。
 部屋に飛び込むと扉は勝手に閉まりゴム弾を防いだ。

「はぁ……はぁ……」
「中々ににぎやかな登場の仕方だ。だが、嫌いじゃない」

 紅色の高級そうなスーツを着た男性が椅子に座って拍手をしていた。

「あなたが校長先生ですか?」

 黒乃は起き上がりながら言った。

「如何にも。と言ってもここは学校に見えないだろう」
「はい」
「無理もない。ここは人類の新たな進化を促すと同時に、進化途中であるニュージェネレーションたちの育成の場なのだからな」
「ニュージェネレーション……?」

 このビルの名はニューエイジ。
 学校と研究と開発、さらに調査や記録を担当する様々な人間が1か所に集まる場所だ。

「私はこのニューエイジの校長である久遠(くおん)獅子(しし)だ。君のことは知っている。天神理念の長男だろう。才能は秘めているようだがまだ制御はできないと聞いている。君の中に秘めたものを解放するために私に力を貸してほしい」
「言っていることがよくわからないけど学校に入れるってこと?」
「ああ、そうだ」
「よかったぁ……」

 一安心する黒乃であったが、これがすべての始まりとなる。

 黒乃は会議室に連れていかれ黒いパンツスーツの女性の梨花にプロジェクターの映像を見せられながらこの場所の説明を受けた。

「我々ニューエイジは人類の保護を行い進化をサポートしそれを妨げるものと戦います。そのうえでニュージェネレーションと言われる肉体と精神を脳と共鳴させ力を具現化するこのできる能力者たちを探しています」
「いきなり難しいな……」
「あなたは天神家でありながら何も説明を受けていないのですか?」
「反抗期というやつで地方の田舎にいたから」
「では、そこから説明しましょう。――世界は今、かつて現れた新種のウイルスの影響で人口不足と少子化の危機に立たされています。若い世代の方々が犠牲になりこの世界は安息の日々を取り戻しました物事は順調には進みませんでした」

 新種のウイルスは世界中に散らばり数多の人たちを死に追いやった。
 しかし、そんな中経済を活動を止めずに働く若者や第一線で研究していた者たち、医療従事者や自衛隊などががんばったことにより日本では早めの終息を可能とした。
 だが、立場や力がある老いたものたちばかりがワクチンや完璧な医療を優先的に受けたことにより第一戦活躍した若い世代は免疫力が強いという理由で後回しにされ多くがなくなってしまった。
 そのため、特に日本は老人ばかりが残り若い世代が減り少子化を加速させた。
 
「政治家や選挙の際に票を入れくれる老人を優先しすぎた結果です」
「ひどいな……」
「当然の反応です。ですが、窮地に立たされた若い世代の体に異変が起きたのです。特殊な電磁波を発生させることができるようになったのです。現状、電磁波ということで処理されていますが、その性質は波であるいうこと以上に解明はされていません」

 特殊な電磁波は若い世代を共鳴させ、肉体的精神的に成長を遂げさせた。
 
「初期こそは若い世代だけがもつ超直感という危機回避能力として研究が進みましたが、すぐにそれは改められることになります」

 すると、梨花は人差し指を立てるとそこからロウソクのように火を出して見せた。

「肉体と精神が共鳴したとき、脳から出される特殊な電磁波が空間へと刺激を与え熱を生み出す。これが私のニュージェネレーションとしての能力。想像発火(イマジンフレイム)
「す、すごい……」
「驚くことはありません。あなたにも力はあります。まだ自覚してないようですがね」

 梨花は説明を続けた。

「我々はこの能力を持つものを新世代、ニュージェネレーションと呼称し日本中からかき集めました。それと同時に古の世代、オールドジェネレーションの存在をみつけました」

 オールドジェネレーションは様々な科学を用い自らをより長く生きながらえさせるために様々な犠牲を厭わないものたちのことだ。
 すでにニュージェネレーションを解剖し研究し能力を得ることに成功している。

「彼らの目的は人口減少。若い世代を減らし下僕のように扱いながら必要最低限の人口に保ち、力のない老人たちを支配し権力を我が物にすること」
「大人のやることじゃねぇだろう」
「まったくもって同感です。ですが、オールドジェネレーションの支配はすでに世界中に広がってます。野菜の農薬や水道水に生殖能力を失わせる薬品を入れたり、飛行機雲と言われるケムトレイルに化学薬品をまぜて体調を崩させる。私たちはそんな者たちを止めるために活動をしているのです」

 あまりにも規模のでかいことで一瞬戸惑う黒乃だったが、世界の鬱屈とした雰囲気を見るとそうなっていてもおかしくないと思えてしまった。

「実際に映像を見てもらいましょう。これは、とある薬品会社のオフィスに話を伺い交渉が決裂し襲ってきた時の監視カメラの映像です」

 そこには制服を着た少年と少女、それにスーツ姿の男たちが争っている映像が映っていた。まるで特撮ヒーローの演出のようにテーブルをぶんなげ電撃を起こし窓から突き落としている。

「これがニュージェネレーションとオールドジェネレーションの戦い……」
「天神家の長男である君には才能があります。過去に不思議な体験はありませんでしたか? 力が周りより強かったり危険を回避したりとか」
「偶然じゃないのか?」
「頻繁に起きることを偶然とは呼びませんよ。君は力がある。おそらく、君のお父さんはそれを知っていてここに来るように言ったんだと思いますよ」

 ここを紹介されるまえ確かに理念に過去に起きた不思議な現象について聞かれた。
 それはここで黒乃が戦えるかの最終確認だったのだ。

「君の力を貸してほしい。私たちにはそう多くの時間はない。次の世代のためにオールドジェネレーションとの決着をつけなければならない」

 今までの話を聞いて黒乃は疑問に思った。

「俺らの世代は戦いのため、実験のため、次の世代のために戦うが。俺らの世代に救いはないのか?」
「……ない。そう思ってた方がいいわ」
「まじか……」
「私たちには生殖能力が他世代に比べ劣っている。まだ、今生まれた赤ちゃんはいいとしても、私たちもう自身の子どもさえ持てないかもしれない」

 オールドジェネレーションの様々な策によりニュージェネレーションは減少するしかなくなった。
 しかし、だからこそ力があるうちに止めなければいけいない。

「私たちの力は次の世代に受け継ぐことができないかもしれない。でも、相手は膨大な資金力を能力者を増やそうとしている。私たちが戦えなくなったら次の世代では太刀打ちができなくなる。だから、私たちしかいないの」
「……」
「私には無理に君を止める権限はない。だから、嫌ならこのまま外へ出て行っていもいい。だけど、私たちがいたという存在証明は戦うことでしかできないの。それが私たちの生きる理由なの」
「……」

 黒乃は黙ってしまった。
 成長することを志してきた黒乃でも、あまりにも規模が大きい話に多少臆した部分はある。だが、この沈黙は恐怖からではない。
 覚悟を決めていたのだ。

「俺、やってやりますよ。次の世代も上の世代のこともまだよくわかってないけど。恐怖に背を向けて逃げるなんてのは一生苦い思い出を背負うことになる。俺は、いつだって胸を張って歩きたいから。次の世代があこがれるような、上の世代に一目置かれるような人間になってみせる」

 黒乃はかつて、友を失った。
 もしかしたら助けられたのかもしれない。
 黒スーツの集団に連れていかれそうになった黒乃を助け囮になった少女は傷つけられでも声を悲鳴一つ上げなかった。
 そして、黒乃は逃げてしまった。
 友は消失し残されたのは血だらけのハンカチだけだった。
 黒乃は今でもそのハンカチを持ち歩いている。
 血は綺麗にしたが、時折真っ白のハンカチが血に染まる幻覚に苛まれる。
 
「もう、後悔はしたくないから……」

 黒乃の目には涙が溜まっていた、決して落とさぬように我慢していた。
 その覚悟を受け取った梨花は答える。

「天神黒乃。君のことを歓迎します。共に力を合わせ未来へのバトンを繋ぎましょう」

 黒乃はニューエイジアカデミアの高等部へ転入した。
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