耽美主義少女の脳内は栄光と永遠の楽園3

文字数 5,572文字

「第一ピリオド終了まで残り一分を切りました。
 ここで、山手誠栄女学院の副部長、背番号2番、高三1組、(はなぶさ)(さかえ)から部長、背番号1番、高三1組、鈴井(すずい)雛子(ひなこ)へパス!
 東和麗華学園のバックストップ・ユニットへ迫ります!」
 放送席でレポーターの小川(おがわ)愛輝(あき)が身を乗り出して実況を続けた。解説の志垣(しがき)逸希(いつき)も、
「ここまでで東和麗華学園二十点、山手誠栄女学院十六点。ピーちゃん……キャプテンの鈴井選手としては追加得点がほしいところです!」
 バックストップ・ユニットに迫る雛子に、東和麗華学園中一A組、背番号23番、花之木(はなのき)仁菜(にな)は勇敢に手足と翼を広げ、ディフェンスに入ったが、雛子は顔色一つ動かさず、
「神よ、わたしは終生讃えます、大堂(だいどう)恵礼那(えれな)、その美しく誉れ高き名を!」
 左側の翼を閉じ、右側の翼を展帳した。さらに右足を大きく広げると、雛子の体は素早く右に旋回した。
 正面から迫ってきたはずの雛子が不意に消失し、仁菜は慌てて上下を見渡したが、背後でシュートを決める音が響いていた。
 南北サイドスタンドに設置された大型映像装置に、東和麗華学園二十点、山手誠栄女学院十八点、と表示され、観客席から拍手と歓声が上がった。
 ここで、第一ピリオドが終了し、二分のインターバルが入り、第二ピリオドが始まった。
 恵礼那は、仁菜に替わって背番号27番、中一A組、三木(みき)華生(はなき)をセンターに命じた。
 すぐに南北の大型映像装置に華生のデーターが表示された。
 仁菜は華生に誘われ、東和麗華学園中等部に入学し、更にウイングボール部に入部した経緯から、充実した思いを感じた。
 コートから出る仁菜は、交替としてコートに入る華生に、
「誠栄のキャプテン、すごい人だよ、華生ちゃん、がんばって!」
 ハイタッチすると、華生も、
「うん、がんばる!」
 高等部の先輩たちの期待にこたえる決意を示した。
 第二ピリオドは、東和麗華学園と山手誠栄女学院はコートを入れ替え、雛子のスローインから開始された。
 雛子のスローインを東和麗華学園の副部長を務める背番号2番、高一A組の大堂(だいどう)遙流香(はるか)がキャッチした。雛子は遙流香をにらみ据えると、
「神の御名において命ずる、立ち去れ、悪魔!」
 悪魔払いを始めた。悪魔呼ばわりされた遙流香は、山手誠栄女学院の背番号5番、大澤(おおさわ)智沙(ちさ)がソートⅡの特性を活かした高速で右上方から降下してくる姿が目の端に入った。
 自分の後方に誰かがいるだろうと、左後方にパスを送ると、幸いにも姉の恵礼那がボールを受け止め、山手誠栄女学院のバックストップ・ユニットへ迫った。
「お姉さま、わたしは強くありたい」
 恵礼那に向かって雛子は手足と翼を大きく広げ、進路を妨げた。
 このとき、一陣の風が吹き抜け、恵礼那は失速し、やむなく着地態勢に入った。この程度の風なら飛翔を続けられる東和麗華学園の副部長補佐、背番号30番、高一C組で『黄金の女王』の称号をもつ穂積(ほづみ)美羽(みわ)が、恵礼那からパスを受け取ると、黄金の翼を大きく羽ばたかせ、山手誠栄女学院のバックストップ・ユニットの上空へ急加速、急上昇をかけた。雛子は、
「リングを守って!」
 部員たちに命じた。
 山手誠栄女学院の五人の出場選手たちは、バックストップ・ユニットの前面に集まったが、美羽は予想されていた急降下シュートを行わず、センターラインへ降下した。
 センターライン付近にいた東和麗華学園の背番号12番、高一B組の志垣(しがき)瑞希(みずき)へ、美羽はパスを送った。
「穂積選手お得意の急降下ダンクシュートを警戒した山手誠栄女学院、裏をかかれました! しかし、ボールを手にした志垣選手を一斉に取り囲みます!」
 愛輝が実況放送を続けると、南北の大型映像装置は、鳥人たちのダイナミックなプレイを伝えようと、競技場を俯瞰する画面に切り替わった。
 瑞希は華生にパスを送ると、華生は山手誠栄女学院のバックストップ・ユニットへ向けて飛翔を開始した。
「神よ、わたしに力をお与え下さい!」
 華生の正に鼻先に雛子が立ちはだかった。華生は雛子と衝突直前に後方に位置した『黄金の女王』にパスを送った。
 雛子は上昇することによって、やすやすと華生との衝突を回避した。
 美羽は、中等部の部員たちの著しい成長を感じながら、山手誠栄女学院のバックストップ・ユニットへ向けて加速をかけた。
「ここはとおさない!」
 山手誠栄女学院のセンターを守る背番号8番、高一1組の黒沼(くろぬま)明日香(あすか)が美羽の進路上に立ちはだかったそのとき、美羽のボブの髪が瞬時、美羽の顔を覆った。
 美羽の髪が、すぐに後方へ翻ったとき、明日香には美羽の顔が間近に迫っていた。
「ぎゃあああっ!」
 明日香は悲鳴を上げるなり、コートに着地し、膝をついた。両腕で自分の体を抱きしめ、がたがたと震えだしている。ひどい恐怖を感じたようだった。
 進路を開けられた美羽は、ツーポイントエリアからシュートを決めた。
 明日香の極度の怯えように、雛子は審判にタイムを求めると、
「どうしたの、明日香?」
 着地して、何が起きたのか、尋ねた。明日香は、涙と鼻水を顎からしたたらせ、
「顔が変わったんです……『黄金の女王』の顔が、一瞬、別人になったんです」
 明日香が雛子に説明した。
 審判も尋常ではない様子に明日香と雛子に近づくと、事情を聞いた。観客たちもざわめき始めている。
「あんた、何やったの?」
 チームベンチエリアから真希がインカムを使って美羽に聞くと、美羽は、
「何もしてないよ、わたしを化け物みたいにいって。あの子の方がよほど失礼だよ」
 予想もしなかった対戦選手の反応に、美羽自身が不快だった。
 センターラインで審判がマイクをもつと、
「説明します。
 山手誠栄女学院の背番号8番、黒沼選手は、東和麗華学園の背番号30番、穂積選手の身体的な変化を目にし、試合続行が不可能となり、背番号22番、香川(かがわ)結実(ゆみ)選手に交替となります。
 穂積選手の身体的な変化とは、瞳の色素が瞬間的に薄くなるもので、特定の鳥人の飛行中には頻繁に起こることとされています。
 よって穂積選手には何ら反則はなく、シュートは正当となります」
 状況を競技場内に説明した。
 六本木五丁目交差点の足場崩落事故のときも美羽の瞳の色素が、瞬間的に薄くなっていた。
「あー、そういえば、以前にも誰かにいわれたな、目のこと」
 美羽はのんきに呟いた。
 二基の大型映像装置には、東和麗華学園二点、山手誠栄女学院0点の表示がなされ、続いて交替選手となった背番号22番、中三4組の香川結実のデーターを映し出した。
 山手誠栄女学院でも中学生の部員が出場し、華生の意気も上がった。
雛子が宣言したタイムは解除され、第二ピリオドが再開された。
 第二ピリオドが東和麗華学園十六点、山手誠栄女学院十六点となった。残り四十五秒となったとき、山手誠栄女学院のコート上空で遙流香から美羽にパスが送られた。
 美羽は降下しながら対戦チームのバックストップ・ユニットを狙った。美羽の進路に、雛子と結実が手足と翼を広げ、行く手を阻んだ。
 美羽は減速するどころか黄金の両翼を最大展張すると、これ見よがしに羽ばたいた。雛子と結実の視界が金色に輝く巨翼によって塞がれた。同時に、雛子と結実の周囲に『attention』(注意)の文字が点滅した。
 雛子と結実が、美羽の進路妨害と見なされたのだった。
 美羽は、雛子と結実が瞬時、気を呑まれると、自分の真下に位置した華生に素早くボールを落下させた。このパスにより、雛子と結実の進路妨害は解除された。
 華生に栄が迫った。華生は栄にボールを奪われる直前にリングへシュートを決めた。
 雛子は、競技場に歓声が上がる中、東和麗華学園の中等部の部員に二点を奪われ、敗退の二文字が脳裏にかすめた。
 雛子の脳内に、ウエディングドレス姿でブーケを手にした恵礼那が現れ、
「やっぱり、ピーちゃんは遙流香に勝てなかった。さようなら、ピーちゃん」
 いつの間にか、恵礼那と揃いのウエディングドレスを着た遙流香が恵礼那とほほえみ合いながら、
「幸せな家庭を築こうぜ、恵礼那」
 光にあふれたバージンロードを歩き始めている。雛子は頭を強く振ると、
「まだまだ! 第三ピリオドと第四ピリオドで逆転すれば!
 雛子よ、おめでとう、あなたは恵まれた方、主があなたとともにおられます」
 賛美歌を唱え始めた。第二ピリオドが東和麗華学園十八点、山手誠栄女学院十六点で終了すると、ハーフタイムとなる。
 この間、東和麗華学園は華生を背番号24番、中二C組の寺岡(てらおか)(まり)に交替させ、山手誠栄女学院は結実を背番号27番、勝沼(かつぬま)みらいへと選手を交替させた。
 東和麗華学園のチームベンチエリアで遙流香が恵礼那のユニフォームの背を引っ張ると、
「ピーちゃん、悪魔払いを始めたり、賛美歌を歌い始めたり、ぶっ壊れ始めてんぞ」
 姉の耳に口を寄せていうと、
「この練習試合、決着を急いだ方がいい」
 恵礼那も山手誠栄女学院のチームベンチエリアでスポーツ飲料をがぶ飲みする雛子を遠目にこたえた。遙流香は、
「そうだな、『お姉さまとわたしの女の子に栄光のあらんことを』とか、叫び始める前に」
「そういう意味じゃない!」
恵礼那は羞恥心に顔を真っ赤にして妹を怒鳴った。
 十分間のハーフタイムを挟み、両チームがバックストップ・ユニットを入れ替えると、第三ピリオドが山手誠栄女学院のみらいのスローインで開始された。
 遙流香が空中でボールを奪い取ろうとすると、雛子は遙流香に体当たりをし、
「主よ、人の望みよ喜びよ!」
 カンタータを呟き始めた。たちまち、雛子の周囲に『violate』(違反)の文字が点灯した。
 雛子が反則を取られたのだった。反則を五回取られれば退場となるが、一回二回は通常の試合では当たり前だった。
「山手誠栄女学院、キャプテン自らの反則。これはどうしたことでしょう?」
 放送席でレポーターを務める小川(おがわ)愛輝(あき)がいうと、解説役の志垣(しがき)逸希(いつき)は、
「ピーちゃん……鈴井選手は冷静を大きく欠いているように感じます」
 遙流香のスローインで第三ピリオドが再開されると、志垣(しがき)瑞希(みずき)が投げ込まれたボールをキャッチし、すぐに山手誠栄女学院のバックストップ・ユニットを目指した。
 みらいが瑞希の進路を塞ぐと、鞠が瑞希からパスを受けた。その鞠も恵礼那にボールをつなげた。
 観客席では、外国人旅行者が目を見張り、
「日本のウイングボールもレベルが高いね」
 中高生の活躍を評価した。
 東和麗華学園のチームベンチエリアでノート型パソコンに試合を録画し続けている真希は、外国人旅行者の感想に、
「今頃か?」
 ぼそりといった。
 山手誠栄女学院の栄にボールが送られると、今度は美羽が黄金の翼の初列風切で栄の頭をわざとはたいて飛び去った。
 たちまちに審判は笛を鳴らし、胸の前で手のひらを開き、肘をまっすぐ伸ばして両手を前方に押し出して、『プッシング』の反則を美羽に告げた。
 美羽は、黒沼明日香に『化け物』呼ばわりされた恨みがあったが、わざと空とぼけていると、試合は中断され、競技場の南北に設置された大型映像装置に美羽の瞬間的な行動が再生された。
 結果、美羽にも反則が取られたのだった。
「東和麗華学園の『黄金の女王』も反則です」
「ウイングボールは、鳥人たちの空中バスケットです、白熱した試合中に何が起きても不思議ではありません」
 愛輝のレポートに、逸希はウイングボールの実態を説いた。
 第三ピリオドは進み、東和麗華学園八点、山手誠栄女学院十二点と得点を挙げていたとき、鞠がスローインでボールをコートに投げ入れた。
 そのボールを茜がキャッチし、東和麗華学園のバックストップ・ユニットへ進んだ。
 茜の進路上に立ちはだかった美羽のディフェンスにより、茜から遙流香がボールを奪い去った。
 遙流香がソートⅣの能力を活かし、山手誠栄女学院のバックストップ・ユニットに進んだとき、雛子が遙流香に迫り、
「主よ、御許に近づかん!」
 賛美歌を唱え、遙流香の進路を妨げた。
 遙流香はすぐ後ろにいた姉の恵礼那にパスを送った。
 恵礼那はリングにはわずかに距離があったが、シュートの体勢を開始した。
 雛子は恵礼那の眼前で手足と翼を広げた。
 恵礼那は、雛子に不気味な『気』のようなものが重なるのを感じ取った。
 しかし、恵礼那の体はシュートを始めている。
 恵礼那の手から放たれたボールは、至近距離にいた雛子の腹部にまともにぶち込まれた。
恵礼那は目を見開いた。
 雛子の体は、ボールとともにボックボードに叩きつけられた。
雛子の口から、先ほど飲んだスポーツ飲料が吹き出した。
 次の一瞬、雛子は胸全体をリングに打ちつけ、そのまま羽毛を散らしながら、シュートをし損ねたボールとともに、ノーチャージセミサークルに落下した。
 雛子はぴくりとも動かない。
 雛子の周囲に、『emergency』(救急)の文字が点灯し、激しく発報している。
 ――わたしが、雛子を、殺した――
 恵礼那は滞空しながら茫然として、雛子を見つめた。 
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