プラリーネ編⑥あの杖はね、きっとプラリーネちゃんの役に立ってくれるはずだから

エピソード文字数 3,182文字

「ま、魔獣だーっ!」
 誰かが叫び、人々は悲鳴をあげて逃げていった。
 クレープ屋のお姉さんも、一目散に去っていく。
「ま、魔獣……?」
 ブリガデイロがガタガタと震えておる。
 ニュースにあった魔獣。
 魔法騎士団が追っている危険生物。
「そうだ。魔獣だ。あれを倒せばみんなが認めてくれる。騎士団にも褒められる。そうなれば、我は天才だ!」
 我は立ち上がり、もう一度杖を構えた。
 信じるのだ。
 やれると。
 本気を出せ!
 魔力のない人間はいない。魔力は感じるのだ。あとはうまく操るだけ。
「我は天才我は天才我は天才我は天才」
「お、おい! なにしてんだバカ! 逃げろよ!」
 阿呆が叫ぶ。
 阿呆のくせに!
「黙れ阿呆! 我は天才だ! ショコラ姉の助手になるんだーっ!」
「ズギャアアアア!」
 魔獣が吠えた。
 体当たり、だと思う。
 お腹に衝撃を受けて、地面が遠のいて。
 気付いた瞬間には、我は地面に転がっていた。
 落下のおかげで、背中が痛い。

「プラリーネッ!」
 ブリガデイロが駆けてくる。
「おい! 立てるか! 骨折れてないか?」
 我の肩を掴んで揺する。
「う、うるさい。耳元で叫ぶな。揺らすな」
 起き上がる。
 骨は折れていないようだ。
 だが、心は痛む。
 魔法は出なかった。
「だめなのか? 我は天才じゃなかったのか? 姉上たちは嘘をついていたのか?」
「はあ? お前からさっきからおかしいぞ。どうしたんだよ」
 なにが天才だ。
 なにも出来ないじゃないか。
 ショコラ姉の、クー姉の嘘つき!
「こんな杖!」
 杖を地面に叩きつけようとした。
 その前に、我はブリガデイロに押され、横に転がった。
 魔獣が突っ込んできたのだ。
 ブリガデイロはぽーんと吹っ飛ばされて、噴水の中に落っこちた。
「な、なにをしておるのだ貴様!」
 我は駆け寄り、起き上がったブリガデイロの腕を掴み、引っ張った。
 額が割れている。
 出血している。
 我をかばって、怪我をした?
 なぜだ?
「おいなんで! 貴様は我が嫌いなんじゃ――」
「うるせぇ! 自分だけ逃げられるかよバカ!」
 血をだらだら流しながら、今度はブリガデイロが我を引っ張って走り出す。
「逃げるぞ!」

 なんだ、なんなのだ。
 ずっと嫌な奴だと思っていたのに。
「貴様、実はいい奴なのか?」
 赤くなるブリガデイロ。
 なんだその反応は!
「我に意地悪をしていたのは、まさか我のことが……」
「ズギャアアアア!」
「避けろ!」
 ブリガデイロが我を抱きしめた。二人そろって突き上げられて、地面を転がった。
 ぬめり。
 生暖かくて、粘り気のある感触が指にあった。
「お、おい、ブリガ……」
 ブリガデイロが我から離れ、仰向けになった。
 ぞくりとした。
 お腹に穴が空いているのだ!
 ドクドクと、赤黒い液体が溢れて地面を染めていく。
「や、やばいだろその傷は! なにをしておるのだブリガデイロ!」
「やっと、俺のことちゃんと呼んでくれたな」
 にいっと、阿呆が笑った、
「んなこと言っとる場合か!」
「くそっ。かっこつけたのに、かっこつかねぇ。いてぇよ。死にたくねぇ」
 ブリガデイロの目に、涙がたまる。
 怖いくせに、痛いくせに、我をかばったのか、この阿呆は。
「死なぬ! 貴様は死なん! この我が死なせん!」
 叫ぶが、我にも理解は出来た。
 無理なのだ。
 もう、助からない。
 ブリガデイロは死ぬ。

「そう、だよな。お前は……天才だもんな」
 なのに、ブリガデイロは笑う。
 いつもみたいな、我を馬鹿にすればよいものを。
 こんな時だけ、我を信じるのだ。
「そうだ! 我が助ける! この冥府の女王が!」
 無理だ。
 この阿呆は死ぬ。
 いや、我の方が阿呆――か。
 天才なんていう姉上たちのお世辞を信じて、調子に乗って、ブリガデイロを巻き込んだ。
 ブリガデイロは我のせいで死ぬ。
 我が……私(・)が阿呆なせいで。
 あの騎士の記憶も、妄想かただの夢を都合よく解釈しただけだったのだ、
「そんな顔、するなよ。笑ってる方が、可愛いぜ?」
「カッコいいこと言うな大馬鹿者がーっ!」
 柄にもなく、我は腹の底から叫んだ。
 叫ばずには、いられなかった。
「なにが笑ってる方が可愛い、だ! じゃあ意地悪なんてするな! なんなのだ。素直じゃなさすぎるだろう! 阿呆め! そして私は大阿呆だーっ!」
 叫んでも、なにも変わらない。
 わかっているのに、叫ばずにはいられない。

 ジャリ。
 魔獣が砂利を踏む音。
 ああ、近づいてくる。叫び続けることすら、許されないんだ。
 逃げる?
 ブリガデイロを置いて?
 ダメだ。それだけは。最低すぎるだろ。
 逃げても、ショコラ姉やクー姉は優しいから、私を抱きしめてくれる。
 だがそれでは、私は罪悪感に押しつぶされてしまう。
 それに、死なせたくない。
 好きな女に意地悪をすることしか出来ない阿呆な少年を、私は死なせたくないんだ。
 そうだ。
 魔法騎士団はいつ来る?
 間に合ってくれれば、彼は助かる。魔法薬か回復魔法で、とりあえず一命は取り留めるかもしれない。
 だけど、来るの?
 逃げた人々は通報してくれたの?
 したとして、間に合うの?
「はぁ、はあ……」
 ブリガデイロは虫の息だ。
 このままでは死ぬ。
 魔獣も唸っている。
 このままでは殺される。

『プラリーネちゃんはやればできる子よ。自分を信じて』
『あの杖はね、きっとプラリーネちゃんの役に立ってくれるはずだから』
 不意に、ショコラ姉の言葉が、脳裏に浮かんだ。
 この杖が、私の役に?
 黒くてツヤのある杖。ピカピカで、傷一つなく。汚れもなく。
 新品だ。
 売れ残り、のはず。
「……え?」
 よく見ると、下の方に文字が刻んであった。
 プラリーネ、と。
 まさか!
 まさかまさか!
 あの時、ショコラ姉は棚から出した杖をそのまま渡してくれた。名前を掘る時間なんてなかったはずだ。
「まさか、私のために創ってあった? はじめから、いつかこの杖を私に渡そうと?」
 私のために。
 つまり、本当にこれは、私に合う魔法武器なのだということ。
 なのに、私は剣がいいなどと。
 なんて酷い妹なんだ!
「ごめんなさい、ショコラ姉……」
 涙が溢れる。
 いや、違う。泣いてちゃ護れない。今するべきことは、これじゃない!
「自分を信じて……か」
 深呼吸する。
「信じろプラリーネ。私は――いや、我は天才だと!」

 手足が震える。怖いけど、戦う。ショコラお姉ちゃん(・・・・・)の妹だから! 我を信じたショコラ姉の杖を信じる!
 この杖なら、きっと出来る!
 大天才魔法武器職人ショコラ・ノワールの杖じゃないか!
 そして我は、その助手。ショコラ姉の魔法武器を使いこなし、お店を宣伝して姉たちを支えるのだ!
「そうだ! やるしかない!」
 バチリ。
「天才でなくていい。剣じゃなくていい。今この瞬間だけ、阿呆と大馬鹿者を助けるだけの力を我に与えてくれ」
 バチリバチリ。
 杖を強く握りしめる。
 助ける力。そうだ、回復魔法だ!
 白い光に包まるイメージだ!
「お、お前……」
「喋るな!」
 ブリガデイロが血だらけの顔で言った。
「お前、“黒い”電気まとってるぞ?」
「……んん?」
 自分の身体を見下ろしてみる。
 おおう。
 確かに、なにやら黒くバチバチとスパークしておる。
 これは、魔力か?
 そうか。
 我の強い想いに反応したということか!
 どういうことだ!
「何でもいい! 杖よ! 力をかせ!」
 この黒い魔力は、前世の記憶と同じもの。
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