最終話、長距離走

文字数 981文字

 翌日の放課後、部活に行くと、大久保や篤史に、どうして昨日の放課後と今日の朝練を休んだか問い詰められた。
 体調が悪かったと適当に理由をつけておいた。
 二人は何か言いたげだったが、黙って見逃してくれた。
 部活が始まる。
 何もかも嫌になった。
 なにもやる気が出ない。
 でも、走らないといけない。

 僕は1500メートル走をスタートした。
 走りながら、いろいろなことが頭に浮かぶ。
 自分のこと、篤史のこと、澤村のこと。
 それらを払拭するように、走るスピードを上げた。
 嫌なことを思い浮かばず、走ることだけを考えられるように、がむしゃらに足を動かす。

 辛い。苦しい。
 そんな中、僕は昔の自分を思い出していた。
 昔はどうしてあんな純粋に一生懸命走れたんだろう?
 
 息が苦しくて苦しくてしかたない中、徐々に昔の自分を思い出してきた。
 ああ、そっか、辛い思いをして走った後、それを取り消すくらい心地良い爽快感に包まれたっけ。
 がんばって走って、タイムが伸びたとき、すごい嬉しかったっけ。

 僕は自然と走るペースを上げていた。

 苦しい、苦しい苦しい苦しい!
 辛い、もうこんなことやめたい。ペースを緩めたい。足を止めたい!
 でも、もうすぐだ。
 きっとこの先には、大きな喜びが待っている。

 僕は死にそうになりながら、ペースを緩めることなく、最後はスパートをかけて、ゴールを駆け抜けた。
 あまりの消耗に走り抜けた後、すぐさま地面に倒れこんだ。
 大久保が興奮した様子でこちらに来て、タイムを教えてくれた。
 4分59秒。
 最高記録だった。
 びっくりした。初めて5分台を切れた。
 大久保ががんばったなと目の端に涙をためて、褒めてきた。

 僕は今、心地良い爽快感に包まれていた。
 走っているときはあんなに辛かったのに。
 ようやく気づいた。
 この気持ちを味わうために、どれだけ辛くても、僕は今まで長距離走をがんばって走ってきたんだって。
 ふと、祖父の言葉を思い出した。

「人生は長距離走だ」

 この言葉の意味をようやく理解できた気がした。
 人生は決して短距離走ではないんだ。
 ここ最近、なにもやる気がでなかったけど、もう大丈夫だ。
 これからはがんばれるはずだ。
 どんなに辛いことがあっても、乗り越えていけるはずだ。
 途中、どんなに辛くても、それを乗り越えた先には幸福が待ってるって、僕はもう知ってるから。
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