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文字数 859文字

 僕は今、宇宙旅行を楽しんでいる。
 と言っても僕の体は地球にある。
 宇宙旅行をしているのは僕の脳みそだけだ。
 翼の生えた菌質生物と一緒に旅行をするのに生身の体では耐えられないため、脳みそだけを円筒形の金属シリンダーに入れて運んでもらっている。
 色々な天体や色々な場所を探索するのは、生身の人間では辿り着くことができない刺激的な体験だ。
 およそ人類が知りえない宇宙の深淵の秘密を知ることができた。
 旅行の途中で僕と同じく地球から来たという女性と知り合った。
 女性と言ってもシリンダーしか見えないし、声も機械じみていたけれど、話し方からすぐに女性だと分かった。
 彼女は知的で好奇心が強く、僕が理想とする女性そのものだった。
 一緒に宇宙旅行をするうちに、僕らはすっかり意気投合した。

 いよいよ地球へ帰ることになった。
 まだまだ知りたい宇宙の神秘もあったが、それよりも心残りは彼女と離れ離れになることだった。
 地球へ戻ったら、また彼女と会えますように……。
 電極との接続が切られると、闇と静寂に包まれた。
 僕は深い眠りへと沈んだ。

 ――目が覚めると生身の体に戻っていた。
 が、何か体に違和感がある。
 長い髪、しなやかな指、膨らみのある胸……って女になっている!?
 鏡を見るとそこには自分の姿はなく、まごうことなき女性の姿。
 所持品を確認すると、宇宙旅行で知り合った彼女の体と分かった。
 あの宇宙人、戻す体を間違えちゃったな!
 けたたましくなる電話のベル。
 相手の声は聞き覚えがある。
 僕の声だ。
 僕の体の中身には彼女の脳みそ。
 やっぱり入れ替わっていた。
 彼女は急いでこっちへ駆けつけるという。
 これから一体どうしよう?
 途方に暮れ、あらためて鏡を見る。
 ん?
 結構好みのタイプかも。
 宇宙の深淵の秘密よりも、今はこの女体の神秘の方にとても興味がある。
 彼女が家に来るまでに軽く一時間は掛かるだろう……。
 僕は真理を求める一人の探索者となった。

(了)
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