第63話 発想

文字数 2,143文字

 一息ついてユウト達も崩壊塔の屋上を後にする。

 ユウトは先行するヨーレンの後を追いながらマレイとの拳のやり取りを思い出していた。

 マレイが最後に放った下方向から突き上げる一撃はそれまでとは違う挙動であったようにユウトは感じられる。ユウト自身、あの瞬間の状況で思考を巡らす余裕はなかったが一連の映像は感じ取った違和感とともに記憶に残っていた。

 その違和感を絡まった糸をほどいていくように丁寧に分解しながら分析を始める。歩きながら流れてゆく景色の中でぼーっと考えを巡らせた。

 圧倒的な速度で放たれる拳。静止状態から突然の最高速。膨張した魔力の流れと残滓。

 それぞれの事柄からユウトは一つのイメージを思いつく。圧縮した魔力の噴出をコントロールして方向を指定することで加速を得るイメージ。マレイは自身の筋力だけではなく魔防壁を推進材として活用したのではないかという予想。それはただ守るためだけに修練を積んでいた魔防壁を新たな使い道の想像を膨らます小さなフックとなってユウトの頭の中はいろいろなアイディアで埋め尽くされた。

「ど、どうしたんですか?ユウトさん、何かありました?やっぱりどこか悪いとか」

 ユウトの変化をいち早く読み取ったセブルがユウトに尋ねる。

「あっいや大したことじゃないんだ。魔防壁の新しい使い方ができないか考えてたら楽しくなっちゃって・・・」

 セブルに尋ねられユウトは瞬きを忘れて流れる地面をじっと見つめながら歩いていたことを自覚した。

「どうかしたかい、ユウト?」

 セブルの鳴き声と独り言をぶつぶつ言っているように聞こえたヨーレンが振り返りながら声を掛けてくる。ユウトは自身の仮定がどこまであっていたのか確かめてみたくなりヨーレンに尋ねてみた。

「なぁヨーレン。工房長・・・マレイの最後に放った拳の動きはそれまでと異質だったと思うんだけど何か違ったのか?」

「お!やはり気づいていたみたいだね。それについてはレナが詳しい。
 レナ、工房長の最後に使った技についてユウトに説明してやってくれないか」

 ヨーレンはユウトを挟んで後ろを歩いていたレナに話かけた。

「いいよ。マレイさんがユウトに対して放った最後の一撃には魔防壁の応用技術が使われてる。具体的には魔力を覆った魔膜を自身で収縮させて圧縮、解放する一連の作用だね。
 たぶん三回。時間と威力をずらしながら腕の加速、両足の固定に使ったと思う。威力の均衡とか間がかみ合わないと逆効果になっちゃうからあれはかなりすごい技術だよ。それだけ魔防壁の攻撃への転用はかなり難しい。実践で使うにはさらに難易度が上がるね」
「うーむ。何気にすごい一撃だったんだな」

 ユウトはうなる。拳の推進剤としての予想は当たっていたが踏ん張りを聞かせるためにも使っていたことは見抜けなかった。

「そのすごい一撃をしのぎ切ったユウトも大したものだと思うけどね。魔防壁の扱い方はほんとにただただ鍛錬と修練、訓練を受けるしかない。マレイさんも相当努力したんじゃないかな。まぁユウトなら早く身に着けられそうな気はするけど。
 ただ地味で退屈なんだよその修練。最近あたしはその修練を怠けてたから気合入れ直して取り組まないと!」

 レナは意気込み胸元で両手をぱっと開く。その両手のひらには小さな魔防壁が生成されていることが感じられるとすぐに弾けレナ自身の髪を小さく揺らした。

「おお」

 思わずユウトは感嘆の声を漏らして感心する。そしてユウトは自身の片手を見つめながら防御をするための魔防壁の生成をしつつその感触を確かめようとしたがうまく圧力が上がらなかった。

「練習は落ち着いた場所でやった方がよさそうだね。もうすぐ私の工房に到着するよ」

 ヨーレンはそう言って前に向き直り歩き続ける。ユウトは周りの景色を見渡すと全く知らない場所にいることに気づいた。集中して考えているうちは時間を忘れてヨーレンの背中と地面にしか目が行っていなかったためか全く周辺の変化を見落としていた。あたりの様子はこれまで見てきた大工房とさらに違っており人通りが少なく落ち着いていた。

 三階建ての建物が規則正しく道の両端に並んでおり出窓には植物の緑が映え、バルコニーのある窓も珍しくなく建物ごとの装飾は多種多様ながらも統一感がある。眺めていてユウトは飽きない。それと同時に馬車の往来が激しい職人街、大きい工場のような建物が並ぶ崩壊塔周辺、そしてこの街並みと変化の激しい大工房という都市にユウトは驚いていた。

 ヨーレンは並んだ建物の一つの前で立ち止まる。その建物はその他の建物と比べ横幅が広く各階毎の高さが広く見えた。大きな木製の扉に取り付けられた金具をヨーレンは叩く。重たい金属音を鳴らしてしばらくすると内向きに扉は開かれ横顔をのぞかせた。

「やぁノノ。予定より早まったけど帰ったよ」
「えっと、遠征お疲れさまでした」

 ヨーレンはその人物と簡単に言葉を交わす。すると扉は大きく開かれヨーレンは中に入った。ユウトも続いて建物の中に入る。ドアハンドルや扉に派手さはないものの精緻な装飾が施されていた。

 建物の中は磨かれた石が綺麗に敷き詰められ高い吹き抜けの天井と二階が見えそこへつながる階段が正面にある。広間の中心に全員が集まった。
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