【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第01話「プロローグ」

エピソードの総文字数=1,885文字

 帰宅ラッシュの地下鉄は今日もすし詰めだ。

 つり革にぶら下がるようにして、背中を丸めたままスマホを取り出す。

 SNSをチェックするが、自分宛てのメッセージは0件のままだった。

本山(もとやま) 英一(えいいち) 29歳 男 登録人数:53人 登録された人数:7人 発言:12回]

[プロフィール:ワープアゲーマー会社員www 好きなゲーム:ギャラクシー・ファンタジアOnline(GFO)]

 2年以上やっているSNSも情報を集めるだけのツールになっていて、画面にはいつも変わらないそんな情報が表示されているだけだった。

ガタン

 地下鉄の大きな揺れでずれ落ちそうになったカバンをかけ直すと、英一はつまらなそうにニュースアプリを開く。

 人と人との狭い隙間で眺めるニュースサイトには、興味も無いニュースがただ流れていた。


[アーケード街に暴走車両、数名の死傷者][中東で反政府テロ、死傷者多数][北朝鮮が弾道ミサイル実験を予告][在日米軍イージスBMD配備か]


 そんなニュースを親指で次々と飛ばしていると、「ぽよん」と言う気の抜けた音とともにSNSからのプッシュ通知が現れた。


[ギャラクシー・ファンタジアOnline公式:10時から行われておりました大型アップデートに伴うメンテナンスは、予定通り19時をもちまして終了いたしました。データをダウンロードした後、新たなる冒険をお楽しみください。]


 英一の顔に初めて表情らしき表情が現れる。


 他人から見たら気持ち悪いだろうと思いつつ、それでもニヤつきを止められないまま、彼は今までにも何度も確認しているアップデート内容を、食い入るように読みなおした。


 到着した駅のホーム、人波をかき分けて英一は走る。人通りのまばらなシャッター街を通り抜け、酸素を求めて喘ぎながらも足を止めず、錆びた階段を駆け上がった。

 玄関のドアを勢い良く閉めて部屋に駆け込むと、脇目も振らずに駆け寄ったPCの電源を入れる。

 小さなワンルームには似つかわしくない大きな液晶、見る人が見れば歓声を上げるであろう最高級のゲーミングPC、そしてスワロフスキーでデコレーションされたサブノート。

 スーツとネクタイをクローゼットに突っ込み、Yシャツや靴下を洗濯機に放り込む。

 素早く立ち上がったデスクトップに一つだけあるアイコン[ギャラクシー・ファンタジアOnline]を起動させると、アップデータがダウンロードを始めた。

[ダウンロード 1% 終了まで約23分]

 画面を確認すると、シャワーを浴び、カップラーメンで夕食を済ませる。

 英一はダウンロードが終了する前に息を整え、PCの前で待機していた。

 両サイドには2リットルのコーラとポテトチップスコンソメ味。


……あと4分

 マウスやキーボード、飲み物やティッシュの位置を確かめながら、彼は声の調子を確かめるように独り言を言った。

 仕事中も必要最低限の会話しかしない英一の声はかすれている。


……あ、あ、あー。あえいおうー

 コーラで喉を潤し、声を出しながらサブノートのスケジューラーを開くと、タイトルに[もえの予定]と書かれた画面が現た。

 新作コスメの発売日、男性アイドルのライヴ、女子会。果ては生理の予測日まで。

 そこには29歳の男性のスケジュールではありえない内容が書かれている。

 英一は内容を確認しながらPCにヘッドセットをつなぎ、ヘッドセットに固定された小さな機械の電源も入れた。


今日は金曜日です。もえはGFO以外特に予定ないですよー

 視線の端にインジケーターランプが輝くのを視認して、彼はゆっくりと口を開く。

 ヘッドセットと小さな機械を通してPCから再生された英一の声は、幼い少女のような声となって部屋に響いた。


[ダウンロード 100%]

 口元に笑みを浮かべた彼は、点滅するウィンドウのOKボタンをクリックしてゲームを起動する。


 荘厳な音楽とともに画面いっぱいに広がる煤けた建物と蒸気を吹き出す歯車の塊。

 その間のぬかるんだ道を行き交う、剣を背負い鎧を(まと)った人たち。

 煤けたビルの隙間から見える山の稜線には、翼の有る爬虫類のような影が舞う。


 その画面の中央にはゴスロリ風だが肌の露出の多い衣装を着た愛らしい少女が、装飾過多の二丁拳銃を手に立っていた。

いきますよー!

 ゆっくりと真鍮の街を横切り、少女は街外れの建物を目指し歩き始める。

 その一挙手一投足に、彼は熱を帯びた視線を送り、満足のため息を漏らした。


 今日もついに、本山 英一が[もえ]になる時間が来た。


 本物の世界での、本当の生活を楽しむ時間がやって来たのだ。

TOP