最終話 河川敷のグラウンド

文字数 1,562文字

 数日後、雅美は河川敷のグラウンドを見下ろす堤防の上に腰を下ろしていた。
 雅美が野球を始めた少年野球チーム・サンダースの練習場だ。
 全てはここから始まった……小学4年生で野球を始めた時は、男の子たちに混じってレギュラーを取ることが目標だった。
 それが……サンダース時代、監督に恵まれ、その監督にはサンダーガールズ時代もお世話になった。
 先輩にも恵まれた。
 サンダースの1番、センターのレギュラーを取った1学年上の川中由紀、由紀と同級生で6年生の時に転向して来て、自らサードコーチャーを志願した野球博士の浅野淑子。
 彼女たちに引っ張られて野球に本腰を入れるようになったことは間違いない。
 そして高校、レッドシューズを経て、シーガルズのスカウトと初めて会った日の驚きは今でも覚えている、そしてドラフト指名を強行してくれたGMと監督……。
 ありえないはずのことを真剣に検討し、プロ入りの道を拓いてくれた。
 シーガルズでも小山バッテリーコーチ、『女房役』の松田、主砲の広田、クローザーの林、様々な人に盛り立てられて日本シリーズのウィニングボールまで手にすることができた。
 最初はつっけんどんだった高橋ピッチングコーチも最後には認めてくれ、信頼も置いてくれた……。
 金沢で出会った野球少女たちの笑顔も忘れられない。

 物思いにふけっていると、ポンと肩を叩かれた。
 振り向くとそこには由紀と淑子の姿が……。
「どうしてここに?」
「何言ってるのよ、近所に住んでるのを忘れたの?」
「そうか……そうですよね」
 少年野球の練習場だ、メンバーは徒歩か自転車で気軽に来れるところに住んでいるに決まってる。
「あたしたちもなんかサンダースの練習場を見たくなったってわけ、そしたら雅美がいたのよ……はい、差し入れ」
「え?」
「プリンとタピオカミルクティよ」
「わぁ、あの時と同じやつだ」
「だってコンビニで売ってるやつだもん、今も雅美の後ろ姿見てからそこのコンビニで買って来たの」
「ありがとう」
「一緒に食べよ」
「うん……」
 雅美にとって、それは優勝祝賀会のビールかけにも勝る祝福。
「あのね、由紀は来季からレッドシューズのキャプテンになるのよ」
「すご~い」
「何言ってんの、日本シリーズで敢闘賞を貰った雅美には遠く及ばないわよ、でもね、あたしはあたしで女子プロ野球がもっと盛り上がるように頑張るつもり、でも淑子もすごいんだよ」
「え? 何になるんですか?」
「レッドシューズのヘッドコーチ、監督補佐よ、それだけじゃないわ、全日本女子のヘッドコーチにも選ばれたのよ」
「淑子さんもすご~い」
「ふふふ、あたしたちはみんなサンダースから巣立ったんだものね、考えてみればすごいチームだったんだね」
「あ、小川監督は? 今もサンダースを?」
「うん、指導してる、今日はサンダーガールズの方の練習を見てると思う」
「あ、監督に会いたいな」
「今から行ってみる? 市営球場の方にいるはずよ」
「市営球場も懐かしいな、行ってみません?」
「そうね、行こうか」
「うん、行こう」
 3人は立ち上がるとそれぞれのお尻をはたき、タピオカミルクティを片手に歩き出した。
 楽しげに談笑しながら。
 傍から見れば普通の若い女性の3人連れにしか見えない。
 しかし、この3人は日本の女子野球を牽引して行くだろう3人、自らが一つ上の高みを目指すこと、それがそのまま女子野球を一つ上の高みに押し上げる原動力となるだけの影響力を持つ、そんなフロンティアたちなのだ。

 夕日が彼女たちを照らし、グラウンドに長い影を落とす。
 その影が向かう先を、これから幾多の野球少女たちが追うことだろう、女子野球の未来を担う少女たちが。
  
(終)

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