第85話

文字数 713文字

 実家でサラの稽古をしている、と思っているけど、見たことのない家。
 引き戸を三枚ほど立てて、畳に布団を敷いた上で、何か平家物語をもとにした小劇場風コメディを即興で作っていく。
(私は即興で芝居を作ったことはないし、作る予定もありません。)

 私は女官の役らしい。もう一人の女官役の子と、白い長い上着に赤い袴もどきのものをはいて、それがにわか仕立ての稽古着らしく、すぐ着崩れて面倒なことこの上ない。
 あとひとり女童(めのわらわ)役の子がいて、ほとんど台詞はなくて笑っているだけ。

 母がとなりの居間にいて、ソファで新聞を読んでいる。バスローブで洗い髪をまとめた姿。
 母はこんな格好をしたことは一度もなく、顔も別人。
 なのに私は母だと思いこんでいるのでそっと引き戸を立てて、稽古を続ける。

 トイレに行くと、ずいぶん趣味のいいコンクリート打ち放しの壁で、窓からみかん畑が見える、ような気がする。
 あきらかに実家ではないのに、私、気づかない。

 トイレの壁にタオルのフックが二つもある。なのにタオルはかけてない。
 見まわすとやたらにタオルフックが多い。多いから全部にはタオルをかけずに節約してるのだな、と納得。
 その納得、意味不明なのに、私、気づかない。

 バスルームをのぞくと、弟が湯船に横たわっていて、
「ああ風邪を引いた」
とつらそうに言う。
 お湯をさわるとあまりにぬるく、あわてて弟の腕をとって引き上げようとするけれど、弟眠たげで、重すぎて無理。

 私も、授業に出なきゃと気づく。
 行くべき講義室を思い浮かべたら、私、もう、半分そこにいる。
 日当たりの良い階段教室。
 窓の外にみかん畑。

 でも、私の体はまだ半分こちらの、畳の部屋にいる。赤い袴をはいたまま。

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