第2話

文字数 797文字

 先生は、人を選ぶ。
 でも選ばれたからといって幸福なわけじゃない。

 先生はいつもわたしのお尻を触る。
 わたしは先生の手を叩く。先生は何事もなかったかのように仕事に戻る。わたしも努めて普通に仕事に戻る。
 先生はよく外出する。
 休憩と言っては出て行ってしまう。
 残されたわたしはひとりぼっちだ。先生の椅子に座って院内を眺める。ここは何もない。この世の果てのような小さな動物病院だ。

 先生の帰りはいつも遅くて、わたしはとても退屈する。
 わたしは好きでこうしてるわけではない。
 だが、こうしているよりない。
 この場所には何もない。
 だからわたしはここにいられる。
 わたしがここにいることで病院の価値は上がる。前よりも客が増えたという。もっともそれは迷惑なことだろう。だって先生には客なんて必要ない。あの人はちっとも働く気なんてないのだ。
 不幸にもここに来てしまった患者たちは先生の好き勝手に切り刻まれる。それもたっぷり待たされたあとで。医者なんてそんなものだと先生は言う。結局、そんなものだと。
 先生はニンジンを買ってきた。入院しているうさぎに食べさせるためだ。かわいそうに。うさぎは今夜死ぬだろう。明日飼い主が訪れ、先生にお礼を言って亡骸を引き取る。そういうふうにできている。
「うさぎさんがいない!」
 先生の声でわたしはわれに返った。
「檻が壊されてる!」
 先生はまるで子どものようだ。何もできない子どものようだ。
 わたしは檻の前に猫の足跡を見つけた。そうか、猫か。猫ならやりかねない。猫というのは賢い動物だ。人間よりも賢いかもしれない。そしてもちろん先生はそのことを知らない。わたしは猫になりたい。だが、わたしは猫になれない。
 猫はどこにいったのだろう。
 わたしは猫を探す。
 だが見つかるようでは猫ではない。
 うさぎやーい。お前の餌を買ってきたよう。おーいにんじんだぞ。
 先生の声が空しく病院に響く。

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