よっつめ

文字数 634文字

見なければ、居ない。
迫って来た手の群れの記憶に遥の言葉を重ねながら、教室を後にする。
彼女は手にした鞄から一枚の用紙を取り出すと、廊下の奥へと向かい、突き当たりの美術室の引き戸に手をかけた。
古く立て付けの悪い無駄に大きな戸は、嵌め込まれた磨りガラスを落としそうな程にガタガタ揺れて開いた。
遥は教壇に近付くと、他にも何枚か重なっていた紙の上に手にしていた物を置く。
クラス分けも何もない紙の束。
美術の提出課題は何時もこうやって適当に置かれているが、不便では無いのだろうか。
整頓する事とは無縁な程に散らかった美術室を見ながらそう思った時、奥の準備室に人影がある事に気付いた。
入り口と同じ引き戸の向こうに誰かが立っていて、磨りガラスの縁にある透明になっている所から目だけでこちらを窺っている。
提出者を確認でもしているのか、妙にギョロギョロと目玉が動く。
見える場所で待てば良いのに、わざわざ隠れて覗いている。悪趣味なその行動に遥は気付かずにさっさと入り口の方へ歩いて行く。
「見張ってる」
思わず小声で囁くと、遥は一瞬だけ後ろを見た。
「ああ。あれは違うから」
微かに笑った様な表情につられて振り返る。
そして、感じる違和感。
ギョロギョロ動いている目の高さが、おかしい。
首も……長い。
目線を上下に動かすと、磨りガラスの向こう側にだらりと垂れ下がった足首が見えた。
人影は、浮いていた。
ガラスから覗く顔から下が、風に吹かれる枝の様にブラブラと揺れていた。
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