復活

文字数 4,066文字

ねえラギー、あのシューティングゲームやりましょ?
あっ!もー!

ラギー撃つのはやすぎるって!

ごめんごめん。
やった!

今ヘッドショットって!

……ってラギー、ほぼヘッドショットじゃない…。

彼女に手を引かれ、広い敷地を連れられる。

2人だけの空間のようだった。

ねえラギー?
その瞬間、触れていた手の感覚が消える。

そして周りの風景が全て黒色に染まった。

どこまでが地面でどこまでが壁かも分からない空間のなかを進みながら、彼女の名前を呼ぼうと息を吐く。

何も言葉が出てこない。

動揺に進んでいた足が止まる。

俺は…どんな名前を呼ぼうとしてたのか―――

次は眩しい空間に放り込まれる。


…そこで目を慣らしていると、そのうちここが病室であることに気付く。ついでに横の椅子に座るザースの存在にも気付いた。

ザー……
 久方ぶりに声を出したのか大きく咳き込んだ。

窓の外を眺めていたザースはその音に驚き慌ててこちらを向いた。

 一通り咳き込んだ後、体を起こす。

あ”-……。腹から腕までもどこもが痛むな…。
な、ラギー…
上司に向か……
頭がぐらりと傾き視界が上がる。

耳元で空気が布を走る。

急に起き上がったらダメだろ…。
問題ないさ……
そう言いながら再度、ゆっくりと体を起こしていく。
どうせ起き上がらなきゃならないなら今だろうと―……
入室を宣言するノック音が言葉を遮る。
入るわよー
扉が開き、イラスティア救長が入室する。

 目が合うと救長は目を見開かせた。

……ああ、どうも。
…なんか違和感あるんだがな…。
メデゼンは少しの間出入り口で立ち止まっていたが、我を取り戻したようにこちらへ歩み寄る。そしてベッドの縁に座り込んだ。
ラギー。

すぐに起き上がったらだめでしょ…。

寝てなさい。

だがこの通り起き上がっていても問題ない。
手をひらつかせて動けるアピールをしてみせる。
だからって…
そういえばザース、右目が。
イラスティア救長の静かな殺気を感じ取りながらも、ザースの方を指差した。

 急に話を振られたザースは少しうろたえながらも状況を把握し、怪我をしている目の方へ手を動かす。

…ああ。

さすがにあれ喰らえばな…

でも。
一つ大きく息を吸い込む。
また、生きていて良かった。
場の空気が止まる。

ラギーはそれに気付いているように目を細めた。

…………また?
(もしかして…)
メデゼンはラギーの方へ向き直り、改まったような姿勢で話す。
ラギー。

…私の名前、言ってみて。

 突然のなんでもない質問に返答に悩む。記憶がないどころか記憶を取り戻したほうなんだが。
え、イラスティアき……
そこまで言ってから質問の意図に気付き訂正する。
メ、メデゼン救長。
戻ったのね。
まさか今の自分と先日までの自分とで救長の呼び方が違うことを見抜かれていたとは。
まさか……!
やられた、というように軽く肩を落として笑んでみせる。
ただいま戻りました。

と、言っておこうか。

じゃあ、おかえりなさい少佐、

と言っておくわ。

久々すぎて呼ばれ慣れない呼称に頰を掻く。
……隊長…
それはやめてくれ。
えっ
結局俺は隊長じゃないし。

あと、堅く感じるからな。

……ですか。
敬語。
すかさずつっこむ。

今まで完全に同僚口調であったため、敬語とは感覚的に今更すぎる。

さっきまで敬語でなかったというのに、ザースは言葉を探すように目を泳がせた。少しして落ち着いた後、軽く息を吐いて黙った。

  イラスティア救長の方から笑うように息を吐く音が聞こえる。

ふふ、なんだか昔より柔らかくなったわね。
ラギーは包帯によって少し自由のききにくい首を傾ける。
……かね。
そんな自分の反応を見ながら、イラスティア救長はいたずらっぽい笑みを見せながら自身の顎に手を当てた。
なんのプレッシャーも感じてない状態だとあんな性格になる…ってところ?
プレッシャーって…
ずっと考え事をするように足元をみていたザースが、そういえば、と顔を上げる。
どうして、急に記憶を?
ああ、と答えて地下での状況を振り返る。
親切な日本人が教えてくれたよ。

あの、地下で会った、な。

自分は陽気に言ってみせたつもりだったが、ザースは更に表情を暗くした。
戦った奴……か?

その問いに自分は頷いた。

イラスティア救長は姿勢を変えるために座り直す。そして改めてこちらを向いて聞く。
……どんな…?
あの気持ち悪さをどう表現すべきか少し考え、とりあえず第一感想を話す。
気持ち悪いほど情報を握られてたよ。
情報……。
あくまで俺の、個人的な、な。
そう言って手をひらつかせてみせる。

イラスティア救長はまた顎に手を当て、考える姿勢をとる。少しして顔を上げた。

……例えば…
生憎、それは言えない。

個人情報だし。

勘弁してくれ、と首を振ってみせると、イラスティア救長は一つ息を吐いた。
プライベートレベルの個人情報、ってこと…。

でもそれが握られてたって…

相当悪いファンをもってしまった…なんてな。
だと……その日兵はこちらに来たことがある…?
…なんかそう考えると不快感がこみ上げてくるな…。

なるべく周辺には気を遣っていたつもりだったが…。

執着心のある奴ね…。私も嫌。
そこまで話したところで、今作戦時の風景をふと思い出した。
ところで、他のメンバーは?
ベーミンとかのこと?
イラスティア救長は確認するように聞き直した。ああ、と答える。
なんでかみんな生きてるわよ。怖いほどにね。
あんなに攻撃を喰らっているようであったが犠牲者は出なかったのか。ザースもそれを聞いて驚いているようだった。
…ジュンメスも?
ええ、あんなにやられてたのに内臓は機能してる。

だけどさすがにあんまり動けない状態ではあるけどね。

たしかジュンメスは完全に胴に受けていたような気がするが…。

胴をやられていた、というところでベーミンも腹部に受けていたことを思い出す。

…そういえば

ベーミンは首をやられていたが…
首を支えることによってなんとかなってるわ。幸いがっつりとは折られてなかったから、見た目は酷かったけどね。

腹部も深くなかったし。

って流れだとヨセフはかなり平気ってか…
ええ。

しかも一番最初に連絡がとれたのも、ね。

えっ、一回気絶しているように見えたが?
あれは動いていなかったよな、とあの時の様子をおぼろげに思い出す。
意識を取り戻した。

ってことだけど…、治療とかの施しなしでってことは気絶は血液量によるものではなかった…ってなるわ。まあ、万一意識を落としたフリなんかじゃなきゃね。

言動に異常なし。だから精神的な気絶ではないと踏んでいるけれど。

俺の二の舞はしたくない、ってね。
自虐的に笑んでみる。イラスティア救長はうんざりした表情をしたあと、顔を逸らした。
もう勘弁よ。

今やっと一つ荷が下りたんだから…

お世話になりました、と軽口を叩く。
…そういえば隊…ラギー、と戦った人の情報って、軍にあるんじゃないですか?
そうね…探す価値はある。
ふむ、じゃあ俺も情報を集めに…
すかさず睨まれた。
は、ダメよ。
え、だが今…
睨みが先ほどよりも強くなったように感じた。ザースは苦笑いを浮かべる。
調査はこっちでやるわ。ラギーは完治するまで大人しくしてちょうだい。
えー…。
素でひどく幼稚な反応をしてしまったが、わざわざ訂正するのもなんだか恥をかいた気がするので心の中になかったことにした。

だがイラスティア救長は全く今の言動を捨ててはくれなかった。

「えーっ」って、前のラギーから受け継いだの?そういうところ。
なんだか気まずかったのでとりあえず平静を装うように真顔で返した。
…さすがに前の俺ほど物分かりの悪いヤツじゃないがな。
睨まれたまましばらくしてから、そう、と声を漏らした。そしてため息を漏らす。
…とりあえず、傷の状態が落ち着くまでは大人しく入院。
……どのくらいになる…?
甘く考えて1ヶ月よ。
考えもせず即答される。
現実は辛い…ってか。
(このケガで落ち着くまで3ヶ月って言われたもんな…)
ザースが自身の目を気にしている様子を見て、ふと気になったことを聞いてみる。
…ザースは、戦場へ戻れるのか?
ああ、それについては本人とも話したけれど…

無理ではない。けれど、目の回復状況にもよるから、あまりにも回復が見込めないような状態になれば復帰不可能にはなりうる。

まだ確定しきったものではない、ということか…。
……そうか。

でも視界不良で戦死するよりはよっぽどマシだな。

励ましたつもりであったが、ザースは責任を感じているように暗い表情で下を向いてしまった。これ以上言って無闇に心を落としてしまったらいけないので、触れないでおいた。
…でも、どちらにせよまずはラギーもザースも訓練に参加できないんだから。
まあ…そうだな。
とりあえず、とイラスティア救長は浮遊端末を開いて話をメモする態勢をとる。
その日本兵については調べておくから…もう少し情報ないかしら。
地下で会ったやつの様子や容姿を思い起こす。

一番印象に残っていた物をとりあえず話す。

…透明な…刀を持っていたな。
文字を打とうとしていたイラスティア救長の手が止まる。
透明……風を操る日本兵と同じ感じかしら。
いいや、鋭いガラスって感じだ。

…その風のー…サタケって奴の師匠さんらしい。

イラスティア救長は苦い顔をする。
厄介。
ガラスっぽいってことは、完全に視えないことはないってこと…
残念ながら薄暗い場所でな。
それだとあまり反射もしないから見にくいのか…
彼の言葉をなぞってみる。
自分の血液で見やすくなるさまを見せつけられていたよ。
…痛々しい。
ただ、あいつの強さには参ったね。

首もやられたし、危なかった。

そう言って自分の首の包帯に触れる。
出血量すごかったんだから…
よく血液量もったな…
あなたが言えたことじゃないわ。
ザースはハッとしたあと、苦笑いをしながら軽く頭をかいた。
とりあえずー…
ピピピ、と機械音が鳴る。

イラスティア救長は大きくため息をついた。

いつも微妙なタイミング。

…まあ、安静にしててよね。

そう言ってイラスティア救長は立ち上がり、扉の方向へ向かう。ザースもつづいて立ち上がり、失礼します、と一礼をした。
じゃ。
イラスティア救長は出る直前にそう言って手を振った。
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登場人物紹介

ラギー・ミレイズ(中尉/少佐)

 自由な行動をとり、謙虚な性格。

精鋭部隊の隊長であったが、とある作戦で部下を失ってしまったショックなどで自殺をしようとした。しかし直前に回収に来た兵士によって阻止された。ザースは当時の部下の1人。

 彼女がいた、というがまだ誰かわからない。

ザース・ウォンダーザー(中尉)

 頭が良く正義感が強い。基本冷静な判断をするが、無茶をすることもしばしば。

銃の扱いや常識人さに定評がある。

もともとはラギーらと精鋭を組んでいたが、ラギーが記憶を失ってからは同僚として一緒に行動している。

メデゼン・イラスティア(救護班長)

 どの兵士とも仲がよく、親しい。

熟練の観察眼と馴れた手さばきで多くの兵士を救ってきた。面倒見もいいので、兵士たちの良い相談相手にもなっている。優しいが厳しい面もある。

エナ(動力源)

 日本につかわれていたところを連合軍に保護された。

大人しい性格だが、自分の意思は意外にはっきりしている。

日本にくる以前の記憶がおぼろげらしい。

日本軍では海軍の艦の動力源(昔でいう石油などの代わり)として艦に乗せられていた。〈機器に繋ぐことによって〉

ジュンメス・カーター(少尉)

 少し楽観的な思考をもつ。あまり頭脳派でない。

第六感が鋭く、危機的な状況になると消極的になる。

ヨセフ・ガイゼリン(少尉)

 名家ガイゼリンの長男。本人はガイゼリン家を嫌っている。ベーミンにはそれについて性懲りなく何か言われるので毛嫌いしている。

頭が良く、冷静に物事の判断を行う。周りを冷たく突き放すこともあるが、根本は仲間思い。

ベーミン・ウィリアムズ(大尉)

 常に陽気でよく他人をからかう。ガイゼリン家について少し知っていることがあるらしく、ヨセフによく絡む。

平等な立場を好むため、階位を表に出されるのを苦手とする。

デンジャラスじゃない、とMAの作戦をサボることがよくある。元少佐だったがその休みすぎの影響で落とされた。

佐竹(日本軍兵士)

 常に冷静な判断を下し、上司に忠実。

刀と風を使いこなしている。刀術については上司に習った。

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