やった!
今ヘッドショットって!
……ってラギー、ほぼヘッドショットじゃない…。
彼女に手を引かれ、広い敷地を連れられる。
2人だけの空間のようだった。
その瞬間、触れていた手の感覚が消える。
そして周りの風景が全て黒色に染まった。
どこまでが地面でどこまでが壁かも分からない空間のなかを進みながら、彼女の名前を呼ぼうと息を吐く。
何も言葉が出てこない。
動揺に進んでいた足が止まる。
俺は…どんな名前を呼ぼうとしてたのか―――
次は眩しい空間に放り込まれる。
…そこで目を慣らしていると、そのうちここが病室であることに気付く。ついでに横の椅子に座るザースの存在にも気付いた。
久方ぶりに声を出したのか大きく咳き込んだ。
窓の外を眺めていたザースはその音に驚き慌ててこちらを向いた。
一通り咳き込んだ後、体を起こす。
頭がぐらりと傾き視界が上がる。
耳元で空気が布を走る。
どうせ起き上がらなきゃならないなら今だろうと―……
扉が開き、イラスティア救長が入室する。
目が合うと救長は目を見開かせた。
メデゼンは少しの間出入り口で立ち止まっていたが、我を取り戻したようにこちらへ歩み寄る。そしてベッドの縁に座り込んだ。
ラギー。
すぐに起き上がったらだめでしょ…。
寝てなさい。
イラスティア救長の静かな殺気を感じ取りながらも、ザースの方を指差した。
急に話を振られたザースは少しうろたえながらも状況を把握し、怪我をしている目の方へ手を動かす。
場の空気が止まる。
ラギーはそれに気付いているように目を細めた。
メデゼンはラギーの方へ向き直り、改まったような姿勢で話す。
突然のなんでもない質問に返答に悩む。記憶がないどころか記憶を取り戻したほうなんだが。
まさか今の自分と先日までの自分とで救長の呼び方が違うことを見抜かれていたとは。
やられた、というように軽く肩を落として笑んでみせる。
すかさずつっこむ。
今まで完全に同僚口調であったため、敬語とは感覚的に今更すぎる。
さっきまで敬語でなかったというのに、ザースは言葉を探すように目を泳がせた。少しして落ち着いた後、軽く息を吐いて黙った。
イラスティア救長の方から笑うように息を吐く音が聞こえる。
ラギーは包帯によって少し自由のききにくい首を傾ける。
そんな自分の反応を見ながら、イラスティア救長はいたずらっぽい笑みを見せながら自身の顎に手を当てた。
なんのプレッシャーも感じてない状態だとあんな性格になる…ってところ?
ずっと考え事をするように足元をみていたザースが、そういえば、と顔を上げる。
親切な日本人が教えてくれたよ。
あの、地下で会った、な。
自分は陽気に言ってみせたつもりだったが、ザースは更に表情を暗くした。
その問いに自分は頷いた。
イラスティア救長は姿勢を変えるために座り直す。そして改めてこちらを向いて聞く。
あの気持ち悪さをどう表現すべきか少し考え、とりあえず第一感想を話す。
そう言って手をひらつかせてみせる。
イラスティア救長はまた顎に手を当て、考える姿勢をとる。少しして顔を上げた。
勘弁してくれ、と首を振ってみせると、イラスティア救長は一つ息を吐いた。
プライベートレベルの個人情報、ってこと…。
でもそれが握られてたって…
…なんかそう考えると不快感がこみ上げてくるな…。
なるべく周辺には気を遣っていたつもりだったが…。
そこまで話したところで、今作戦時の風景をふと思い出した。
イラスティア救長は確認するように聞き直した。ああ、と答える。
あんなに攻撃を喰らっているようであったが犠牲者は出なかったのか。ザースもそれを聞いて驚いているようだった。
ええ、
あんなにやられてたのに内臓は機能してる。
だけどさすがにあんまり動けない状態ではあるけどね。
たしかジュンメスは完全に胴に受けていたような気がするが…。
胴をやられていた、というところでベーミンも腹部に受けていたことを思い出す。
…そういえば
首を支えることによってなんとかなってるわ。幸いがっつりとは折られてなかったから、見た目は酷かったけどね。
腹部も深くなかったし。
あれは動いていなかったよな、とあの時の様子をおぼろげに思い出す。
意識を取り戻した。
ってことだけど…、治療とかの施しなしでってことは気絶は血液量によるものではなかった…ってなるわ。まあ、万一意識を落としたフリなんかじゃなきゃね。
言動に異常なし。だから精神的な気絶ではないと踏んでいるけれど。
自虐的に笑んでみる。イラスティア救長はうんざりした表情をしたあと、顔を逸らした。
…そういえば隊…ラギー、と戦った人の情報って、軍にあるんじゃないですか?
睨みが先ほどよりも強くなったように感じた。ザースは苦笑いを浮かべる。
調査はこっちでやるわ。ラギーは完治するまで大人しくしてちょうだい。
素でひどく幼稚な反応をしてしまったが、わざわざ訂正するのもなんだか恥をかいた気がするので心の中になかったことにした。
だがイラスティア救長は全く今の言動を捨ててはくれなかった。
「えーっ」って、前のラギーから受け継いだの?そういうところ。
なんだか気まずかったのでとりあえず平静を装うように真顔で返した。
…さすがに前の俺ほど物分かりの悪いヤツじゃないがな。
睨まれたまましばらくしてから、そう、と声を漏らした。そしてため息を漏らす。
…とりあえず、傷の状態が落ち着くまでは大人しく入院。
(このケガで落ち着くまで3ヶ月って言われたもんな…)
ザースが自身の目を気にしている様子を見て、ふと気になったことを聞いてみる。
ああ、それについては本人とも話したけれど…
無理ではない。けれど、目の回復状況にもよるから、あまりにも回復が見込めないような状態になれば復帰不可能にはなりうる。
……そうか。
でも視界不良で戦死するよりはよっぽどマシだな。
励ましたつもりであったが、ザースは責任を感じているように暗い表情で下を向いてしまった。これ以上言って無闇に心を落としてしまったらいけないので、触れないでおいた。
…でも、どちらにせよまずはラギーもザースも訓練に参加できないんだから。
とりあえず、とイラスティア救長は浮遊端末を開いて話をメモする態勢をとる。
その日本兵については調べておくから…もう少し情報ないかしら。
地下で会ったやつの様子や容姿を思い起こす。
一番印象に残っていた物をとりあえず話す。
文字を打とうとしていたイラスティア救長の手が止まる。
いいや、鋭いガラスって感じだ。
…その風のー…サタケって奴の師匠さんらしい。
ガラスっぽいってことは、完全に視えないことはないってこと…
自分の血液で見やすくなるさまを見せつけられていたよ。
ただ、あいつの強さには参ったね。
首もやられたし、危なかった。
ザースはハッとしたあと、苦笑いをしながら軽く頭をかいた。
ピピピ、と機械音が鳴る。
イラスティア救長は大きくため息をついた。
いつも微妙なタイミング。
…まあ、安静にしててよね。
そう言ってイラスティア救長は立ち上がり、扉の方向へ向かう。ザースもつづいて立ち上がり、失礼します、と一礼をした。
イラスティア救長は出る直前にそう言って手を振った。