エクスカリバーの抜き方

エピソード文字数 5,889文字

「明日には、この島に攻め込んでくるぜ」
 隅の席に座る二人の兵士、その太っちょの方が言った。
「マジかよ」
 もう一人の、のっぽの方は身を乗り出す。額が合わさりそうな距離で声のトーンを抑えて話しているが、僕にはバッチリ聞こえてきた。
「マリの姉さんが言ってたんだ。間違いねえ」
 じっと二人の会話に耳を傾けていると、いきなり後頭部を誰かに叩かれた。
「ヨールー、ぼやっとしてるんじゃねえ」
「父さん、暴力はよくないよ」
「気を抜いてるお前が悪い。ほら、コレ」
 一枚のメモ帳を渡される。ミルクにバター、ハムにソーセージ。買い物メモだ。
「金は?」
「立て替えといてくれ」
 僕は店内を見回した。雨漏りしている天井、腐った床、板で穴を塞いでいる壁。
「建て替えるべきは店の方じゃない?」
「いいから行け!」
 外へ投げ出された。

 濃霧が街を覆っていた。
 気温は低く、肌に染み入るような寒さだ。
 海岸を歩いていると、水平線に何かが見えた。霧の中に浮かぶその影は、横一列にずらっと並んでいる。数えるのも面倒なほど、たくさんのシルエット。
「……この島に攻め込んでくる、ね」
 おそらく敵方の船だろう。夜が明けた直後に攻めてくるつもりだ。
 戦争が始まる。しかし実感は全く無かった。
「やれやれ」
 肩を竦める。ミルクにバター、ハムにソーセージ。それが今の僕の最優先事項だ。矢の雨が降ろうとも、大砲が鳴ろうとも関係ない。
 僕は足を速めて、街に向かった。

 石畳が敷き詰められた街の広場には、人だかりができていた。
 しかし僕には、いかなる理由でこんな人込みができるに至ったかは分からない。
 そこで運よく知り合いを見つけた。
「やあ、ラン」
 クリアターコイズのリボンで二つ結びにされたブロンドが、少女が振り返るのに合わせてふわりと宙を舞った。
「あ、ヨールー! あんたも挑戦しに来たの?」
 笑顔の眩しい、可愛らしい少女。彼女はラン、僕の幼馴染だ。
「挑戦って、何のことだい?」
「え、知らないの?」
 ランは碧眼を満月のようにまんまるにする。
「ほら、アレだよ、アレ」
 彼女が指差すのに従い、広場の中心を見やる。そこには巨大な岩があり、頂点に剣が突き刺さっていた。目映い黄金色で、見るからに値打ちがありそうだ。アレを売れば、一生遊んで暮らせるだろうに。下らないことを考えていると、剣の横に立っている純白のドレスを身に纏った青髪の女性が、静かな声で語り始めた。
「すでに述べたように、明日には蛮族共がこの島へ攻め入ってきます。その数は二万。この島の兵力はせいぜい五千。地の利があるとはいえ、四倍の戦力を覆すのは難しいでしょう」
 人々は悲嘆の声を漏らし、肩を落とす。
「しかしッ!」
 女性はさっきとは打って変わり、力強く聴衆に告げる。
「落胆することはありません。なぜなら今宵、ここに救世主が現れるからです」
 その一言に人々は「おお!」と感嘆の声を上げた。女性は完全に彼等のイデオロギーの中核となっていた。
「あの人、誰?」
 問うと、ランは大きく溜息を吐いた。
「相変わらず、世間知らずだね。あの人はこの国の宮廷魔術師、マリ様じゃない」
「ああ、そんな人もいたような……」
 僕の言葉は金属のぶつかる甲高い音に遮られた。
 マリの方に視線を戻すと、大男が巨大な斧を突き刺さった剣へ叩きつけていた。だがいくら打っても、剣身が折れる様子は無い。
「御覧の通り、この剣は魔法の一振り。名をエクスカリバーといいます。必ずや所持者にあらゆる栄光と、勝利を約束するでしょう」
 聴衆のざわつきが一段と大きくなる。誰もがあの剣に魅入っているのだ。
「けれども、だからこそ、扱えるものは限られます。エクスカリバーは自らの所有者を選定するのです」
マリは身軽に岩から下りて、聴衆と同じ目線になって問いかける。
「エクスカリバーを抜けた者こそ、この島の救世主です。誰か、挑戦する者はいませんか?」
 しんと場は静まり返る。マリと目を合わせないように、視線を逸らす。
 そんな中、僕の傍から声が上がった。
「わたし、やってみます!」
 ランだ。人々は首を傾げたり、笑い出したりしている。無理もない。彼女の体は華奢で、見るからに頼りない。
「どうぞ、挑戦してください」
 マリだけは淡々とした様子で、エクスカリバーを指し示す。人々はなお笑いつつも、ランのために道を開けようとする。しかし彼女は構わず、地を蹴った。ふわっと体が浮き上がり、放物線を描く。そのまま岩の上に着地した。ざっと二十メートルはある距離を、一飛びで移動したのだ。
「よし、頑張るよ!」
 腕まくりするランを人々は呆けた顔で眺める。今、目の前で起きた現実を受け入れられないのだろう。
 そんな彼等に構わず、ランは柄に手をかける。
「ふんぬぬぬぬぬッ!」
 力を入れて、ぐいぐい引っ張る。
「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬッ!」
 脚を開き、全身を使って引っこ抜こうとする。
「にゅう~~~~~~~~~~~ッ!」
 顔を真っ赤にして、渾身の力をこめる。
 しかし一向に抜ける気配は無かった。
「む、無理~」
 とうとうランはその場にへたり込んだ。
「残念でしたね。でも、あなたのパイオニア的精神は褒め称えられるべきものですよ」
 マリのねぎらいを受けて、ランは引き下がった。
「なるほど、なるほど。これは実に興味深いわね」
 次に人の輪から出てきたのは、マリと色違いの、黒いドレスを身に纏った少女だった。赤色の髪というのも珍しく、周囲から見事に浮いている。
「あら、ヴィヴィ。あなたも挑戦するのですか?」
「ええ。弟子でも、挑戦できる?」
「もちろん」
 ヴィヴィと呼ばれた少女はスカートをつまんでにっこり微笑み、胸元に手を突っ込んだ。男性陣が一斉に鼻を伸ばし、女性達は目を手で覆う。
胸元から出てきた手には、一本の小さな杖が握られていた。ヴィヴィはそれを振り、唄うように唱えた。
「ミラクル・ミラクル。杖よ、私の望むものを出しなさい」
 彼女の眼前が目映い光に包まれ、直後に霧より白い煙が立ち込めて、岩を見えなくする。聴衆は突然の神秘的な出来事を目の当たりにし、ごくりと喉を鳴らした。
 果たして、煙が晴れた後に出てきたものとは……。
「……え?」
 ランが素っ頓狂な声を漏らした。
 正直、僕も同じような気分だった。
 それは大きな建造物だった。形状から一瞬ギロチンか絞首台かと思ったが、上部に備え付けられていたのはローブの垂れ下がった滑車だった。
「……あの人、魔法使いなんだよね?」
「うん、一応……」
 大胆な演出の割には「なんだかなぁ」という結末で、場が白ける。そんな中、ヴィヴィはロープの一方を柄に巻き、もう一方を「えいや」と全体重をかけて引っ張る。しかしいくら経っても抜ける気配がない。
「……無理よお、お師匠様ぁ」
 すぐに彼女は音を上げた。
「……以前から思っていたけど、あなたには魔法使いとして必要な想像力が根本から不足していますね」
「ガビーン……!」
 ヴィヴィは岩にもたれかかって、ショックのあまり気絶してしまった。
「まったく、どいつもこいつもだらしないですわね」
 そう言って中央に出たのは、フリフリのドレスを着こなした、見るからにお嬢様といった感じの女性。
「あ、モーガンさん」
「知り合いか?」
 ランは白い目でこっちを見てくる。
「資産家のフェイ家のお嬢様。子供でも知ってる有名人だよ」
「へえ」
 モーガンは手に布でくるまれた、細長い何かを持っている。
「あなたも挑戦されますか?」
「しますわ。でも、剣を抜く気なんてありませんの」
 布を取り払い、抱えていたものが露わになる。それは鶴嘴だった。
「剣が抜けないなら、これで砕けばいいのですわ! ああ、わたくって、て・ん・さ・い」
 おーっほほほほほと鶴嘴を片手に高笑いするモーガン。そんな彼女をマリはニコニコと笑いながら見ている。
「さあ、エクスカリバーをいただきますわ!」
 鶴嘴を振り上げ、先端を岩に勢いよく叩きつける!
 ガチン!
「っ……うう」
 モーガンは振り下ろした格好のまま、鶴嘴を手放した。空しい音を立ててそれは地面に転がる。
「言い忘れましたが、エクスカリバーは相応しくない者から身を守るため、様々な魔法で自己防衛をします。例えば今のように、岩に結界を張ったり」
「そういうの、先に言ってくださいませんこと……」
 かくして三人の挑戦者が脱落した。
「他に挑戦者はいませんか?」
 マリの問いかけに答える者はいない。
 僕はそろそろ買い物をして帰ろうとした。
「……わっ」
だが少し歩いた時、誰かに押され、よろめいて。
「ああっ……!」
 人ごみから外れ、広場の中央に出てしまった。
「あなたも、挑戦なさるんですか?」
「いっ、いえ、僕は……」
 辞退しようとするも。
「おお~、頑張れ、ヨールー!」
 ランの一声に聴衆が沸き、引き返せない空気になってしまった。
「……はあ」
 僕は岩を見上げた。全身が金ぴかの剣。もしも売れば、大金になるだろう。
 ちょっとだけ、やる気が出てきた。
「じゃあ、まあ挑戦してようかな」
 その一言に広場が歓声に包まれる。そんなに騒ぎ立てられても、困るのだが。
 僕は周囲を見回した。視線が滑車で止まる。
「えっと……、ヴィヴィさん? このロープ、もっと長くできる?」
「え、あ、うん。どのぐらいにすればいい?」
「うんと長く。この街の人、全員が持てるぐらいに」
 ヴィヴィさんは言われるままに、ロープを長くしてくれた。
「それじゃあ、皆」
 僕は聴衆の方を向き、ロープを指差した。
「一緒に、引っ張ろうか」

「うんとこしょ、どっこいしょ!」
 聴衆全員が一斉にロープを引く。それでも剣が抜ける様子は無い。
「これ、どういうこと?」
 ランの問いに僕は答える。
「皆で引けば、いずれ選定者が加わって抜けるだろう」
「あー、なるほど?」
 しかしまだ、抜ける様子は無い。
「もっとたくさんの人が必要だ!」
「それなら、わたくしに任せなさい!」
 モーガンは一息吸い、美しい声で歌い始める。
「なんだなんだ?」
「コンサートでもやっているのかしら?」
 彼女の歌に釣られて、家の中から次々と人が出てくる。
 十分に人が集まって所を見計らって、僕は人々に告げる。
「皆、このロープを引っ張って!」
 一瞬躊躇していたが、目の前で繰り広げられている異様な光景につられ、彼等はロープを手に取った。
「うんとこしょ、どっこいしょ!」
 すると、さっきまでびくともしなかった剣が僅かに動いた。
「よし、あともうひと踏ん張りだ!」
 それを聞いたランが、岩を駆け上っていく。
「お、おい!」
「いいから、皆はそのまま引っ張って!」
 僕達はわけが分からなかったけど、そのまま引っ張り続ける。
「うんとこしょ、どっこいしょ!」
 ランが剣を手に取り、ぐいっと引っ張る。
「んんーっ!」
「うんとこしょ、どっっこいしょぉっ!」
 何の前触れもなく、すぽんと。剣は呆気なく抜けた。しかし勢いあまって、そのままロープを引っ張り、滑車がぐるぐると回転して。
「あーれー」
 ぴゅーっとランが空へぶっ飛んでいった。
 剣がローブからすっぽ抜けて、ランは天高くに吸い込まれていく。と思ったら、ある点で停止し、そのまま降下しだし。
「ちょっ、まっ」
 僕の方へと迫ってくる。
「ストップ、ストップ!」
「むーりー!」
 ランの姿がぐんぐん大きくなり、そして――ガッツーン!
「いってぇええ!」
 お互いの額が衝突した。
「おおぉぉおおぉぉ……!」
 ぷっくり膨らんだデカイ瘤を抑え、僕は悶絶する。
「あうぅうぅ、ちゃんと受け止めてよぉ……」
「いや、そんな剣を持ってるやつ受け止めろって方が無理だろ!」
「あ、大丈夫だよ」
 ランは剣の両端を持ち、ぐっと力を込めた。すると、いとも簡単にぽっきりと折れた。
「って、ちょっ、何しちゃっ……あれ?」
 無残な姿になったエクスカリバー、その内部は筋ではなく、安っぽい鉄でできていた。
「どういう、こと……?」
「それは私が説明しましょう」
 そう言って、マリは僕達に歩み寄ってきた。
「実は魔法がかかっていたのは、剣ではなく岩の方だったのです」
「えっ、じゃあ、この剣は……」
「ただの模造品です」
 聴衆は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、ランの持つ折れた剣を見やった。
「どうして、そんなことをしたの、お師匠様?」
「ヴィヴィ。この国を守るのに必要なのは、英雄ではないのです。民が皆、手を取り合って自国を守りたいと思い、力を合わせる。その結束する心の結びつきこそが、何よりも大切なのです。それこそが万の盾となり、億の矛となりうる、最大の武器なのです」
 マリは僕の目を見つめて、微笑んだ。
「それをあなたは、身をもって行ってくれた。感謝します」
「あ、いや……」
「そして、あなたも」
 今度はランに向き直る。
「一番槍となり、未知に立ち向かう精神。立派でした」
「えへへ」
 照れ笑いを浮かべて頭を掻く。
「あなた方二人にこそ、この国の未来を任せるにふさわしいと、私は確信しました。どうかこの二本の剣にて、島をお守りください」
 マリは懐から杖を取り出し、宙で振るう。その軌跡に色鮮やかな鱗粉が漂い、それがやがて集まって一つの形を成す。
 やがて中空に二振りの剣が生まれた。
 一振りは雪原を思わせる純白の剣。もう一振りは、真っ赤な炎のごとき紅の剣。
「お好きな方をお持ちください」
 剣の美しさに引かれて、手を伸ばしかける。だがすぐに躊躇した。
 これを手に取れば、僕は国の運命を背負って戦わなければならなくなる。そんな覚悟が、自分にあるのだろうか?
「ヨールー」
 ランはぎゅっと僕の手を握った。
「大丈夫だよ。わたしも一緒だから」
 ふっと肩が軽くなった。
「……そうか。そうだよな」
 ランは迷わずに、紅の剣を取る。僕も少し遅れて、純白の剣の柄を握った。
「ここに、新たな二人の戦士が誕生しました!」
 マリの一声に、人々は今日一番の歓声を上げる。
 僕達二人は、それぞれの剣を高らかに掲げた。
 霧がすっと晴れていき、遠くの空に真っ赤な暁が見えた。

   〈了〉
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