第1話

文字数 1,000文字

 町の居酒屋で聞いた話だ。
 最近、Mさんが連日、呑み屋で大酒を飲んでいるらしい。先日も、私がよく行くお好み焼き屋で酒を飲んでいた。とのことだった。
 Mさんは、私もよく知っているどころか、以前、私の外来に通院していた。お好み焼き屋でもよく顔を合わせたことがある。確かに大酒呑みだったが、採血の結果が悪く、外来で私の話を聞いてピタッと禁酒した。非常に切れ味の鋭い、歯切れのいい人だった。禁酒して間もなく、検査データは正常化し、それ以降禁酒を継続している、筈だった。
 行きつけのお好み焼き屋でMさんは、以前のように徳利(とっくり)を何本も空にして絶好調だった。
 「いやぁ~、先生、久し振りだの~、ガハハハハハ。」
 「んだ、元気そうで。また、酒を再開したですか?」
 「んだんだ。」
 聴くとMさんはこの1~2年の間に心臓カテーテル治療を2回受けたそうだ。❨←本人の許可を得て掲載❩
 「いやぁ~、苦しかったのう。俺も80歳まで後3年、生きられれば十分だ。」
 どうやらそれが、酒を再開した理由らしい。
 「そうでしたか? それは大変でしたねぇ。でもそんなに呑んで大丈夫ですか?」
 「んだ、ちゃんと準備をしてきた。」
 「? 何の準備ですか?」
 「葬式。」
 何とMさんは町内にある葬儀屋に自分の葬式の予約、手続きを済ませてきたそうだ。Mさんは一人暮らしである。自分が死んだことの連絡先の一覧に始まり、お棺、飾りつけの花、祭壇、遺影の写真、香典返し、挨拶状の文面、郵送先の宛先の一覧など一切、費用まで手配したそうだ。
 「じゃあ、後はMさんが亡くなった日時を葬儀屋の書類に記入するだけですか?」
 「んだんだんだんだ。俺が死んだ日付を葬儀屋に連絡すれば後は全てうまくいくようにしてきた。」「俺も後3年は生きたいのぉ~。」
 要は「元気で長生きしたい」、これがMさんの本音だった。
 なのにMさんは豪快に酒を呑んでいる。
 Mさんは豪快そうに見えて、実は孤独な老人に忍び寄る老いに不安を感じ(おび)えている。繊細で寂しがりやなのかも知れない。
 何となくそんな気がした。
 んだの。

 さて写真は 2023年2月に、行きつけのお好み焼き屋を訪れた時に撮影した そばめし である。
 焼きそばにご飯、刻み(ねぎ)にキャベツ、ニンニクの微塵(みじん)切りを焼いて味付けする。

 出来上がりの写真だ。

 焼きそばと炒飯(チャーハン)を合わせた味で、これがまた美味いのだ。

 んだんだ。
(2023年5月)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み