第12話

文字数 1,089文字

 マンションへ戻るとおれの部屋の前に宅配便の配達員が立っていた。いつも来る顔見知りの配達員だ。あいつはいつから来ていただろうか。おれは怯んだがまさかここで走り去るわけにもいかない。どうするか考えあぐねていると配達員がこちらに気づいた。

「あ、大崎さん。お届け物です。ちょうどよかった。今不在票入れようと思ってたんですよ」

「ああ、ありがとうございます。今印鑑持ってきますね」

「いや、サインでいいですよ。ここに」

 そう言われておれは配達員から受け取ったボールペンで大崎と書いて丸で囲った。

「どうも」と言って配達員は帰っていった。

 おれの本名は大崎だ。大崎(おおさき)(けん)というのがおれの本名だ。ペンネームは名字を雨野にして、名前の健はそのまま字を持ってきてこれをたけしと読ませている。普段ずっと雨野として生きているからいまや本名のほうが自分じゃないみたいに感じる。自分じゃないみたいな感じがするのに、大崎という響きは妙に身近な気がした。それはそうだ。おれは生まれてからずっと大崎なのだから。

 おれは受け取った宅配や脱いだ靴下やズボンなどをその辺に放り出し、リュックサックからはラップトップだけを取り出した。トランクスにTシャツだけという姿でデスクの椅子に座り、デスクの上にラップトップを広げた。

 ドライバはすでに削除してあるけれど、おれは念の為、ラップトップについているカメラにテープを貼って万一動作しても何も映らないようにした。どうだ。そう簡単には監視させてやらんぞ。おれはみんなお見通しだ。おまえたちが周到におれを追い詰めようとも、おれは必ずその一歩先を行く。これでもまだ監視しているか。おれを見ているか。え。なんとか言ってみろ。まだおれを見ているのか。見ろ。目をはなすんじゃないぞ。おれは逃げも隠れもしない。どうどうとやりやがれ。こそこそ隠れていないで姿を見せやがれ。

 おれは袋麹からのメッセージを表示して、そこに返信する形でメッセージを送った。

――――――――
袋麹行止様

 雨野です。
監視については、自宅のラップトップについているカメラは塞ぎました。盗聴はされていてもわたしは部屋で何も話さないから問題ないでしょう。他にもカメラが設置されているかもしれないのでもう少し探してみます。

 明日は書店へ出かける用があるのですが、尾行されていたら捲ききれるかわかりません。
もし誰か寄越してもらえるなら合流してそちらの方と行動を共にしたいと思います。
――――――――

 おれは書いたものを読み返し、満足してから送信した。
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