第29話

文字数 1,076文字

「影洋くん。ちょっとボリューム上げて」
 杉崎はラジオの女神様の声を大きくするように言った。

「ほい!」
 妹がやたらとたくさんあるラジオの一台のボリュームを上げた。
 杉崎のおじさんとおばさんが目を丸くした。
 妹よ! ボリューム大きすぎる!!

「え……よう……ここにいます……」
 
 うぎっ! 
 わからん!
 ちょっ、声が大きい!!
 それにどこ?? 女神様??

「う、うーん……わかんにゃい! 女神様ーーーー!!」
「ほひいちゃん! なんか女神様呼んでる感じ……」
「あれ? そうなの? 影洋くん。なら、すぐに行ってやって」

 ええい! 女神様の居場所がわかんにゃい!
 さて、どうする?

「影洋くん!」
「ほひいちゃん!」
「……」

 ええい!

「とにかく! 影の世界へ行ってみよう!」

 俺は目を丸くしている杉崎のおじさんとおばさんにも礼を言って、傘がいっぱい脇に差してある玄関で妹と外へと出ようとした。我が妹は杉崎からパンを一枚貰ったが……。

「あれ? 影洋くん!」
 杉崎は俺たちを呼び止めて、何かに気がついてラジオをいじる。
 更にボリュームが上がったラジオからは……。

「影虎よ……ようこそ影の世界へ……」



 影虎(かげとら)……俺の父さんの名前だ……。
 生きていた!
 でも、何故?
 おばあちゃんの言ったことが間違いなのか?

 いや、そんなはずはない。
 俺の父さんと母さんは確かに……影に殺されたはずだ。
 
 確か……?

「ほひいちゃん! さあ、教会行こう! 影の世界に行こう!」
「う、うん。今、考え中……。だったが、うっがーーー! 忘れてしまったーー! じゃ、行くか!」

 俺たちはホームセンターの脇を横切り教会へと向かう。雨は止んでいて陽の光が眩しいぜ。道路の至るところに日差しを反射する水たまりができていた。
 
「おにいちゃん。綺麗だね」
 パンを食べ終わった我が妹が言った。
「ああ……絶対に影の世界もこの世界も支配しちゃる。玉座はなんだかよくわからんが、俺が座ってやる!」
「おにいちゃん……おにいちゃんが玉座に座ったら影の世界の王様になれるんだよね。そしたら、私は何になるの?」
「うーん。多分、あれだ……。妹のままだ」
「ぶー」

「さあ、これから玉座争奪戦だ!!」
「おにいちゃん?」

 俺たちは教会へと突っ走った。
 教会までどうしてか刺客は誰もいなかった。
 俺と妹は、無事に教会の床の階段に辿り着いた。

 ドアを開けて静かな住宅街に出ると、辺りは前と変わらず深い夜の闇が支配していた。
 
「おにいちゃん。もう、夜だね……。時差があるんだ……」
「うん……そう……か??」

 危うくボケの一歩手前で俺は立ち止まった。
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