第7話

文字数 1,739文字

「で、結局元サヤか?」
 テーブルをはさんで目の前に座った遠山にそう切り出され、僕は俯くことしかできなかった。
 落ち着いた照明のカフェはついこの間遠山と時間を過ごした場所で、そのこともあっていたたまれない気持ちになる。
 隣に座った南は僕とは反対に、不遜ともいえる態度で遠山と対峙していた。
「遠山には……ほんとに悪いことしたと思ってる」
 手も付けられずにすっかり氷の解けたアイスティーのカップをただ見つめながら、僕はやっとそれだけを口にした。
 顔を上げて、遠山の目を見て話さなければいけないのは百も承知で、でもできなかった。
 与えられた気遣いと寛容を思うほど、僕の身勝手さで傷つけた遠山の気持ちが痛ましい。本来ならこうして南と二人で座っていることも、赦されることではないのだろう。
 僕にできるのはひとえに真摯な謝罪だけだと思った。
「南は? なんかないのか?」
 そう遠山に話をふられた南はあからさまに不機嫌な声で、ありがとうございました、とだけ言った。
 南の態度に冷や冷やしつつも、責められるべきなのは僕なのだと、小さくなっていることしかできない。
「一発殴らせろ、って言いたいとこだけど」
 憮然としたままの遠山の声に、胃が痛くなる思いだった。
「南を殴って内海に嫌われるのは俺も本意じゃないし」
 遠山はそう言って盛大にため息をついた。
「俺にもワンチャンあるかと思ったんだけどな」
 自嘲するような遠山の言いように、そんな風に自分を貶めてほしくないと、身の程もわきまえずに考えてしまう。
 だんだんと落ち込んでいく思考を遮ったのは、南のすみません、という呼びかけだった。
「遠山さんは先輩だし、今回のことに関しては恩人ですけど」
 そこで言葉を切った南が何を言うつもりなのかと、焦りながら顔を上げる。
「二度とチャンスなんてないんで。内海さんのことはきっぱり諦めてください」
 にこりともせずにそう言い放つと、南は遠山を睨みつけた。
 対する遠山も受け流すことなく視線をぶつけている。
 そんな二人を見ている僕はといえば、取りなすこともできずにおろおろするばかりだ。もちろんすべての元凶は僕にあるのだから、今さら二人の間を取り持つことなどできようはずもないのだけれど。
 息が詰まるような時間がどのくらい過ぎたのか、遠山が時計を確認したことで緊張が破られる。
「バイトの時間だから行くな?」
 遠山は僕に向かってそう言うと、席を立つ。
 無視された形の南は苦虫を噛みつぶしたような顔で、黙って頭を下げた。
「遠山、あの」
 言いかけて、どう言葉をつなぐべきかしばし考える。けれどどんなに飾るよりも素直に伝えるべきだと思いなおして、僕は続けた。
「弓だけど……もう一度頑張ってみるよ」
 遠山が驚いたように目を見開く。隣では南が、同じように僕を見つめていた。
「前みたいにはできないと思うけど」
 もちろん競技に復帰するという意味ではない。趣味程度に続けるというつもりだった。でも南に負い目を負わせたままにしたくなかったし、遠山との約束を守りたかった。
 自分一人で決めたことだったけど、たぶん今までの人生で一番前向きな決定だ。
 遠山は破顔するとうなずいて、僕の頭をくしゃくしゃにした。
「そうか。がんばれ!」
 じゃあなと手を振って出て行く遠山を見送りながら、南を盗み見る。
 こんな場面で伝えたことを、南は怒っているかもしれないと思ったから。
 南は……複雑な顔で僕を見ていた。
 悔しそうでもあり、寂しそうでもあり、諦めているようでもあった。
 そして、しばらく黙って僕を見つめたあとで、ふっと息を吐く。
「ま、付き合いの長さが違うからしょうがない」
 それは南自身に言い聞かせているようでもあった。
「でも俺も嬉しい。また一緒に弓が引けるんだもんな」
 そう言って笑った南の笑顔に勇気づけられる。
 もう僕たちは、無闇に自分の心に傷つけられたりしないという確信があった。
 僕も嬉しいよと南に応えて、テーブルの下でほんの短い間、互いの小指を絡ませあった。
 子どものころにした指切りのように、これがずっと続く約束になりますようにと祈りながら。


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