92 奇跡と心拍数

文字数 2,972文字



 とりあえず、他の紙も見てみようと、うな(ユ)は数十枚ほど紙の入ったファイル内全ての用紙を取り出し、そこでまず目に入ったのは、このアニメに登場する主要キャラであろうイラストが、正面にてズラッと、それぞれ背の高さが分かるよう配置された紙で、それを捲った次の紙には、印のあった箇所に出てくる、動画にすべき人物キャラの様々な表情やポーズが載っており、続けてその紙も捲ると、今度は後半に印のあった絵が(えが)かれていて、その紙はトレーシングペーパーのような紙質で、またその下の紙も同じ紙質ではあったが、全て白紙の状態で数十枚重ねられ、そして最後となる紙には、前半に印のあった絵が描かれていた。

 そこまでサーッと見ていったあと、うな(ユ)はその束を机上に置き正面へと顔を向け、そのまま何処かしらの一点をただ真っ直ぐに見つめ……

 この時、うな(ユ)は中にいる元ユキトがまだユキトだった頃、ずっと絵を描くことが好きだったとはいえ、ほとんど趣味程度にしか絵を描いてこなかったのも真実の言明で、そして今、実際プロとしての業務といった状況と相見(あいまみ)え、その胸中では不安や焦りといったものがこれでもかと沸き起こり……

 そんな焦燥感の中、うな(ユ)はフッと、RTLにて交換を成立させるに至った、この半年のことを振り返り、今ここで怖じ気づいては、あの日々の全てが意味をなくしてしまうと己を奮い立たせ、沸き出た不安や焦りを

クルクルッと巻き上げ、それを新体操のリボンのように天井に向けヒョイッと放り投げると、そのリボンの持ち手が

天井に突き刺さったのも束の間、そこからは開き直りにも似た感情がうな(ユ)の中でポッと芽生え、“とにかく描くしかないだろ”と腹をくくると、過去にテレビ等で見た微かな記憶を頼りに、まずはデスク中央にずっと存在しているトレース台の角度を調整し、その折に見つけた電源にてライトを点け、先程の用紙の一番最後にあった紙に白紙のトレペを一枚重ねると、それを台に置き、その際何処かの引き出しに棒状のクリップ*のようなものが入っていたのを思い出し、それを見つけると、勘だけを頼りにそのクリップを取り付け紙を固定し、次に先程の絵コンテであろう紙を手にし、今一度話の流れやそこに書かれた指示の内容等を見直すと、近くに見えたペン立ての中から鉛筆を抜き取り、セットした上の紙に下の絵柄をトレースするようにしながら、思いきって線をずらしてみたりとしつつ、紙を幾度も捲っては角度等気にしながら不要な線を丁寧に消し……とまぁそんなような感じで、うな(ユ)はひたすら手を動かすことだけに専念し、とにかく作業を進めていった。 (*←アニメ用タップ)

 すると、うな(ユ)は中にいる元ユキトが司法試験の勉強をしていた時とほぼ変わらないレベルの集中力と根気で絵を描くことに没頭し、次の紙、そしてまた次の紙と描き続け、その最中、(まばた)きなどの動作を付けた際、中にいる元ユキトに“よくない冒険心”でも沸いたのか、自分なりに解釈した勝手な動きを加えたりとしつつ、それからしばらくして、どうにか最後の用紙にまで辿り着いたうな(ユ)はスッと手を止め、一度用紙全体をパラパラッと捲り、するとここにきて自分が引いた線の一本一本が気になり、少し修正を入れるべきかを迷い、そこで何の気なしに天井を見上げ、うな(ユ)は肩の力を抜くと、“これの良し悪しを自分が判断してもな”と思い、いっそ玉砕覚悟の特攻を行ってみようと決意し、描いた紙を含めた全ての用紙をファイルに戻しそれを持つと、橋澤とおぼしき男性のデスクへと勢いをもって進んでいった。

「お願いします」

 ただ一言、うな(ユ)はそう言うと橋澤とおぼしき男性にファイルを手渡し、すると

男性は、“ん?、ちょっと早くね?”とは思いながら用紙の束をファイルから取り出し、それを徐にパラーッと捲り始め、その(かん)、うな(ユ)の心拍数は上昇をし続け、このままだと数秒後には心臓がコポンと口から飛び出しコテンと倒れ、そこそこキャリアのある監察医でも解きあかせない謎の死を遂げてしまうのではないかといった、異様な妄想を行うまでに至っていた。

「ほぉ、なるほど……う~ん、なんとなく()のタッチが前と変わったようにも感じるけど、全体を通しての違和感は……なんて能書きはやめにして単刀直入に、これさ、すごくいいよっ!!、キャラの感情がちゃんと出てて台詞なしでも伝わってくるし、半年のブランクちょっと心配してたけど、やっぱやるねぇ園さん、オッケー、これでいこうっ」

 この発言のあと、何故かうな(ユ)の目の前には“奇跡”という文字が立体となって天井から舞い降りてきていて、()いて他の例を挙げるなら、一枚だけ買った宝くじが高額当選してしまったような、司法試験に合格した時と同等の奇跡だと感じ、すると徐々に下降の一途を辿り始めたうな(ユ)の心拍数が、奇跡同様“心拍数”といった立体文字となって体内に出現し、それがゆっくりと(くだ)り足先から床へと出ていったあとには、たまたまそこを通りかかった顎髭だけが特徴的な名も知らぬスタッフにベコッと踏まれ、そこでその文字はボンッと(けむ)を巻くと、その後は昭和の特撮忍者の如くぼわんと跡形もなく消え去っていった。

「にしても、園さんって入社当初からどんなタイプのアニメでも画を揃える能力が群を抜いてたけど、ある時期からキャラの感情みたいのがあんまり見えてこなくなったっていうか……まぁその分画力がカバーしてたから何の問題もなかったけど、今回は画力どうこうは抜きにして、ちゃぁんとキャラの心情が出てんだよなぁ……さては園さん、この半年の間、別の会社でアニメ作ってたとか?、手取りのいいとこ見つけたとかで……まさか映画の方やってたっ?!、来年辺り公開されるので、メジャーなタイトルのってなんかあったかな?」

「そんな、それこそまさかですよ、二重就業(ダブルワーク)にしてもその場合(ケース)だと完全に違法(アウト)じゃないですか、なので絶対にないです」

「……いや園さん、冗談だから冗談、今の返しもそうだけど、昨日から驚かされっぱなしの就業時間を現在も満喫中、で、どうしようかな、まぁ今日は園さん久々だし、釈迦力(しゃかりき)やらせてもなんだから、ていうのも作業行程の振り分けなんだけど、昨日の今日ってこともあってまだ組み直してなくてさ、他のスタッフの進行状況も確認しないといけないし、なるべく急ぎめでエクセル上書きしとくから、てな訳で、これ仕上げにまわしといて、で、そのあとはまた待機で、じゃ、園さんよろしくっ!!」

 語尾はもしや口癖か、もう橋澤でいいだろうその男性は、そう言うとまた別の紙を一枚その束に乗せファイルに入れ直し、再びそれをうな(ユ)に手渡していた。

「はいっ、分かりましたっ」

 実質、うな(ユ)は何一つとして分かってはいなかったのだが、まるで何処かの軍人が如く威勢よく返事をすると、過去に一度も見せたことのないその男勝りな返答に、橋澤だ、それでほぼ間違いのない男性は、この瞬間晴れて“(おどろ)キング”へと昇格を果たし、その様子に毛ほども気付かなかったうな(ユ)は、一旦自分のデスクに戻ろうと歩を進め、すると先程の煙玉(けむりだま)の仕掛人だろうか、鈴がくノ(いち)のような動きを見せながらうな(ユ)の元へと近付いてきていた。



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