直観探偵ソクラテス(対話篇)
文字数 1,643文字
「プロメテウスを殺したのは、あなたです、パンドラさん!」
「それは真実なのですか、ソクラテス先生?」
「ゼウスの名にかけて、もちろんだよ、プラトンくん!」
「そ、そんな……。殺したのは私ではありません! なんの根拠があって、そんな決めつけを?」
「根拠、それこそわが直観ですよ、パンドラさん!夢寐 にささやく蜜なる助言! それこそはまさにイデアのかけら! 犯人を指差すゼウスの意志! 黎明 の鶏鳴 が私に告げる! プロメテウスを殺したのはパンドラさん、あなただと!」
「寝惚けた当てずっぽうで犯人呼ばわりしないでください! プロメテウスさんは閉じた匣 のような密室で倒れていたのですよ! 私にどうやって殺せるというのですか!」
「これは痛いところを突かれましたね、ソクラテス先生」
「ゼウスの名にかけて退 ける! パンドラさん、あなたこそが匣を開いた張本人だ! 他の人間がかけつけるまでの一瞬の猶予! その最大の好機に、あなたはヘルメスのような素早さでプロメテウスを殺し、韋駄天 のごとき俊足で凶器を隠しました! 匣のなかの匣に! そう、希望という名の凶器をね!」
「全部あなたの臆測じゃないですか!」
「私こそが洞窟を逃れた唯一の者だ! 目撃者はみな言う! だれにも殺すことは出来なかったと! しかし、それは眼の節穴な小鹿たちの無知蒙昧な戯言! 彼らは洞窟の中で手足を縛られて、真実の影を眺めているにすぎない! イデアを見つめるのは常にソクラテス、直観を授かった無知の知を誇る狩人、ゼウスに愛されし探偵ソクラテス、それはまさしく私のことだ! 私の歯の垣のあいだから翼のような真実が漏れ出る! 頭脳がイデアに震えてる! 犯人はあなただ、パンドラさん!」
「草」
「なんだって、プラトンくん?」
「草ですわ、草。それはさすがに草ですわ、ソクラテス先生。草生え散らかしますわ」
「ガイアが生い茂っているというのかね? 私の推理にまだ欠けた要素があるということか……」
「そのとおりです、ソクラテス先生」
「一体なにが……。クソ、直観が降りてこない! イデアが脳裏に閃かない! たくましいゼウスが私を見捨てたとでもいうのか! なんという真っ暗な絶望だ! こんなときはフルートを吹こう! プラトンくん、わが愛器をここに!」
「すでに用意しております、ソクラテス先生」
「早くよこせ! おお、ゼウス! 私に真実をお恵みください! ――――――♪」
「落ち着きましたか、ソクラテス先生」
「音楽はやはり最高の福音だ……。フルートの美しい調べが私の昂 りを鎮 めてくれた……。いまや明白に真実が視える。おお、ゼウス! 灼熱のようなあなたの息吹が私をふたたび燃え立たせる! パンドラさん! あなたはだれも殺してなどいません! 無知の知を誇るこのソクラテスが保証します!」
「だから最初からそう言っているでしょう!」
「どういうことですか、ソクラテス先生」
「プロメテウス! いいかげん、そのみっともない死体のふりをやめろ! イデアの輝きを見つめる私の眼はごまかせんぞ!」
「…………いやあ、すまんすまん、まさかこんなにバレないものだとは思わなくて」
「プロメテウス、生きとったんかワレ」
「久しぶりだね、プラトン。相変わらず名探偵の太鼓持ちかい? きみも酔狂なことだね」
「だれも殺されてなどいなかった! 密室は破られてなどいなかった! プロメテウスの狂言だった! パンドラさん! あなたは匣を開けてなどいなかったのです! これこそが希望だ! あなたの罪は救われました! このイデアなる真実を祝し、慈悲深いゼウスを一緒に讃えましょう!」
「……いいえ、私が讃えるのはゼウスではありません」
「なんですと?」
「ソクラテスさん、あなたです! 私を救ってくれたのはあなたなのです! 私の無実を証明してくれてありがとう! あなたの類い稀なる知恵が、大地にあまねく轟 きますように!」
「パンドラさん、あなたの祝福、たしかに受け取った!」
「ソクラテス、ばんざーい」
「名探偵、ばんざーい」
「それは真実なのですか、ソクラテス先生?」
「ゼウスの名にかけて、もちろんだよ、プラトンくん!」
「そ、そんな……。殺したのは私ではありません! なんの根拠があって、そんな決めつけを?」
「根拠、それこそわが直観ですよ、パンドラさん!
「寝惚けた当てずっぽうで犯人呼ばわりしないでください! プロメテウスさんは閉じた
「これは痛いところを突かれましたね、ソクラテス先生」
「ゼウスの名にかけて
「全部あなたの臆測じゃないですか!」
「私こそが洞窟を逃れた唯一の者だ! 目撃者はみな言う! だれにも殺すことは出来なかったと! しかし、それは眼の節穴な小鹿たちの無知蒙昧な戯言! 彼らは洞窟の中で手足を縛られて、真実の影を眺めているにすぎない! イデアを見つめるのは常にソクラテス、直観を授かった無知の知を誇る狩人、ゼウスに愛されし探偵ソクラテス、それはまさしく私のことだ! 私の歯の垣のあいだから翼のような真実が漏れ出る! 頭脳がイデアに震えてる! 犯人はあなただ、パンドラさん!」
「草」
「なんだって、プラトンくん?」
「草ですわ、草。それはさすがに草ですわ、ソクラテス先生。草生え散らかしますわ」
「ガイアが生い茂っているというのかね? 私の推理にまだ欠けた要素があるということか……」
「そのとおりです、ソクラテス先生」
「一体なにが……。クソ、直観が降りてこない! イデアが脳裏に閃かない! たくましいゼウスが私を見捨てたとでもいうのか! なんという真っ暗な絶望だ! こんなときはフルートを吹こう! プラトンくん、わが愛器をここに!」
「すでに用意しております、ソクラテス先生」
「早くよこせ! おお、ゼウス! 私に真実をお恵みください! ――――――♪」
「落ち着きましたか、ソクラテス先生」
「音楽はやはり最高の福音だ……。フルートの美しい調べが私の
「だから最初からそう言っているでしょう!」
「どういうことですか、ソクラテス先生」
「プロメテウス! いいかげん、そのみっともない死体のふりをやめろ! イデアの輝きを見つめる私の眼はごまかせんぞ!」
「…………いやあ、すまんすまん、まさかこんなにバレないものだとは思わなくて」
「プロメテウス、生きとったんかワレ」
「久しぶりだね、プラトン。相変わらず名探偵の太鼓持ちかい? きみも酔狂なことだね」
「だれも殺されてなどいなかった! 密室は破られてなどいなかった! プロメテウスの狂言だった! パンドラさん! あなたは匣を開けてなどいなかったのです! これこそが希望だ! あなたの罪は救われました! このイデアなる真実を祝し、慈悲深いゼウスを一緒に讃えましょう!」
「……いいえ、私が讃えるのはゼウスではありません」
「なんですと?」
「ソクラテスさん、あなたです! 私を救ってくれたのはあなたなのです! 私の無実を証明してくれてありがとう! あなたの類い稀なる知恵が、大地にあまねく
「パンドラさん、あなたの祝福、たしかに受け取った!」
「ソクラテス、ばんざーい」
「名探偵、ばんざーい」