第32話:作為と純粋

文字数 1,341文字

「アガサさんは、意外に純粋ですね」
「純粋……ですか?」

「えぇ。そんな表情で相手を見ていたら、疑っているのが嫌でも分かってしまいます。本当に犯人を見つけたいのであれば、疑念を悟られないようにするのが得策ではないですか? 疑われていると思えば人の口は重くなりますから、情報も引き出せません」
 彼女の発言に、顔が熱くなった。

「すみません」
「謝る必要はありませんよ。どちらかといえば、私はアガサさんの純粋さを好意的に(とら)えています。ただ、本当に犯人捜しをしたいのなら、もう少し慎重に振舞った方がよいのでは、と考えただけです」

「確かに、その通りですね」
 全く反論のしようがなく、気持ちが沈んだ。疑念を丸出しにしている相手に(こころよ)く話をしてくれる人など、いるはずがない。

「差し出がましいですが、もう一つアドバイスをしてもよろしいでしょうか? 人物評価に関することです」
 ユノはとても嬉しそうに、首をひねる。

「お願いします」
「良かった」彼女はそう言って、考え込むようにうつむいた。「直接的にアドバイスしてもいいのですが、まずは具体例で考えてみましょうか。例えば、そうですね……。アガサさんは、ジュリエッタをご存知ですか?」
「はい」

「彼女のことをどう評価しています?」
「ジュリエッタの評価……」頭の中にまず思い浮かんだのは、マルガリータにデザートを進めに来た彼女の姿だった。「驚くくらい天真爛漫だと思います」
「なるほど。それだとやはり、少し不安ですね」

「不安?」
「えぇ。おそらく、アガサさんが思っているほど、ジュリエッタは純真ではありません」
「そう、なんでしょうか」
 とても信じられなかった。自分の受けた印象との違いに、戸惑(とまど)う。

「残念ながら。もちろん、だからといって彼女が犯人だ、というつもりはありませんよ。ただ、ジュリエッタは良くも悪くも演じています」
「純真無垢であることを装っている?」

「はい。人は多かれ少なかれ自分を演じていますので、別に特殊なことではありません。まぁ、彼女はその度合いが多少強いですが」そう言って、彼女は苦笑する。「アガサさんは、人と交わる機会が少なかったと思いますので、そのあたりの嗅覚が弱いのではないでしょうか」
「可能性はありますね」

「私はそれを美点と捉えていますが、犯人を見つける作業においては、足を引っ張る方に左右すると思います。人は演じているという前提で作業に臨む。それが私からのアドバイスですね」
「なるほどぉ」
 私が大きくうなずくと、ユノはまたくすくすと笑った。

「やはり純粋ですね。私が嘘を言っている可能性もあるのですから、あまりこちらの意見に傾倒(けいとう)しすぎるのも考えものですよ」
「……難しいですね」
「えぇ、難しいです」
 ユノが嬉しそうに言ったところで、階下から声が聞こえた。

「アガサ降りてきて。コイトマが呼んでる」
 パドマの声である。

「では、私はこれで」
 その声を聞いて、ユノは優雅に席を立った。何かしら別れの挨拶をしなければ、と思ったものの、なんと声をかけていいか分からない。

「あの、ありがとうございました」
 口にした言葉は、我ながらしっくりこないものだった。

 ユノはまたもくすくすと笑った後で、通路の向こうに消える。
 少なくとも、彼女を楽しませることはできたらしい。
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