第1話
文字数 1,992文字
ある夏、ひどい旱魃があった。
川から沼からため池から、井戸の底までカラカラに干上がって、雨乞いも祈りも天に届かぬままだった。
国境の森の奥深く、悠々と水を湛えた池が見つかったのは夏の終わりだった。
澄んだ水の底では、神様がとぐろを巻いていた。
声をかければ目を開き、鼻先だけを水面から出して「腹が減った」と申すので、慌て勇んだ兵士たちは急いで国に帰り、ありとあらゆる馳走を池に投げ入れた。
しかし、神様が水面から花を出すことは二度となく、国は乾いてゆくばかり。
いよいよ困り果てた人々は、いがみ合っていた歴史を超え、国同士手を取り合った。
西の国から一人、東の国から一人。それぞれの国の名産である砂糖と塩を樽に抱えて、二人の少女を生贄にする。
おおむね、生贄ってそんなものだから。
その計りや正しく、娘二人がその身を投げてようやく、神様はぱちりと目を開いたのだった。
そういう次第で。
・・・・・・・・・・・
【つまり、ぼくは甘じょっぱいのが好きなんだ……】
と神様は言った。
西の国の娘は、わあ、と手を合わせ微笑んだ。
「だから、2人が同時に生贄になる必要があったんですねえ」
「いーやいやいやいやッ!!!!!」
その隣でたまらず叫んだのは東の国の娘である。
「なにアンタ!!??」
【きみたちは水神様なんて呼ぶがねえ、実際のところ大した力のない地主神さ】
「えー、立派なお姿ですよお。全長何m?」
【そんなん言われたら照れちゃうな、直径678mのこの池をちょうど一周できるぐらい?きみたち円周率知ってる?】
「今まで学校行ったことないからわかんなあい!!」
「あたしたち死にましたよねぇッ!!!???」
東の娘の絶叫に、神様はフンス、と生臭い鼻息を鳴らした。それに合わせて波紋が広がる。
そう、水面である。
国境の森の奥深く、外の世界の旱魃が嘘のように、池には並々と澄んだ水が満ちている。
【今までの娘たちはおおむねそうだが、君たちに限っちゃ二人そろって僕の鼻先に着地したわけ。こんなのはじめて】
「すごーい、人心御供120年の歴史ではじめてなんだあ」
「えっ、てか何?甘じょっぱいのが好き?何?幻聴?」
神様の鼻づらの先に、ちょこんと座ってにこにこ笑っている西の少女も、髪をぐしゃぐしゃにして取り乱す東の国の少女も、見目麗しい二人の少女の共通点は一つだけ。
自ら生贄になることを選んだ。
それだけだ。
【そもそも神様なんていうが、僕は別に水を司ってるとか、雨を降らせるとかできないし……】
「だったら何なのこの池はッ!!!」
【無限湧き水……】
「無限湧き水かいッ!!!!!」
【ぼくなんか力のない神だから、いつもお腹がすいてて眠くて、だから食べ物貰えたらいいなって思ったんだけど……なんか、池がちょっと甘じょっぱくなったときに好きな味だと思って吠えたらそれが合図になっちゃったみたいで……】
「それじゃあなんなのよクソデカイモリ、今まで毎年あたしたちの国の娘がそれぞれ……それも未婚の生娘とかいうキモい条件付きで選ばれた美少女たちが岩塩と砂糖抱えてこの池に身投げしてたのは全部無意味だったってこと!!??」
「やだあ、美少女なんて照れるわあ」
「あんたもッ!!」
絶叫のち、東の娘ははあ、と肩を落とした。
西の娘は微笑むと、その肩に寄り添う。
「生きてるんだから、よかったよお」
「死ぬつもりだったのに……」
「死にたい?」
「全然」
「帰る場所はある?」
「ない」
「あたしも――どうしよっかねえ」
【…ぼくはしょうもない神だから長くこの池を離れることはできないが――きみたち、どこにでも行けるし何でもできるじゃないか】
「そんなこと言って、あたしたち持ってるのはこの美貌だけで――」
【そう?】
神様がフンスと鼻を鳴らすと、二人が持つ壺―――の中に入った塩と砂糖が少量舞い上がった。
【いつか、またぼくの目が覚めた時に甘じょっぱいのを食べさしてくれる人がいたらいいんだが……甘いもの食べた後はよく眠れるし……】
「高血糖がよ……」
・・・・・
ある夏、ひどい旱魃があった。
そんな時は少女が生贄になる。そういう決まりである。
少女たちが国境の池に身を投げたほぼ同時刻、東の国の研究所で、西の国出身の科学者が画期的な治水技術を考え付いた。
そう、例えば、山奥の池から遠くの町まで安定して水を引けるような。
技術の実現まで5年掛かった。そして、それから先、島で少女が生贄になることは二度となかった。
さて、渇きを心配しないでいい世の中では、甘かったりしょっぱかったりするものがたくさん売れる。
とくにお勧めは―――え、それ、僕に聞くの?山奥に引きこもって暮らす地主神の僕に?
ま、いいや。
あえて言うなら、この池の傍。最近できた小さな茶店かな。
砂糖と塩が合わさった、甘じょっぱいみたらし団子がサイコーで、ついでに店員が――2人とも美人だ。
川から沼からため池から、井戸の底までカラカラに干上がって、雨乞いも祈りも天に届かぬままだった。
国境の森の奥深く、悠々と水を湛えた池が見つかったのは夏の終わりだった。
澄んだ水の底では、神様がとぐろを巻いていた。
声をかければ目を開き、鼻先だけを水面から出して「腹が減った」と申すので、慌て勇んだ兵士たちは急いで国に帰り、ありとあらゆる馳走を池に投げ入れた。
しかし、神様が水面から花を出すことは二度となく、国は乾いてゆくばかり。
いよいよ困り果てた人々は、いがみ合っていた歴史を超え、国同士手を取り合った。
西の国から一人、東の国から一人。それぞれの国の名産である砂糖と塩を樽に抱えて、二人の少女を生贄にする。
おおむね、生贄ってそんなものだから。
その計りや正しく、娘二人がその身を投げてようやく、神様はぱちりと目を開いたのだった。
そういう次第で。
・・・・・・・・・・・
【つまり、ぼくは甘じょっぱいのが好きなんだ……】
と神様は言った。
西の国の娘は、わあ、と手を合わせ微笑んだ。
「だから、2人が同時に生贄になる必要があったんですねえ」
「いーやいやいやいやッ!!!!!」
その隣でたまらず叫んだのは東の国の娘である。
「なにアンタ!!??」
【きみたちは水神様なんて呼ぶがねえ、実際のところ大した力のない地主神さ】
「えー、立派なお姿ですよお。全長何m?」
【そんなん言われたら照れちゃうな、直径678mのこの池をちょうど一周できるぐらい?きみたち円周率知ってる?】
「今まで学校行ったことないからわかんなあい!!」
「あたしたち死にましたよねぇッ!!!???」
東の娘の絶叫に、神様はフンス、と生臭い鼻息を鳴らした。それに合わせて波紋が広がる。
そう、水面である。
国境の森の奥深く、外の世界の旱魃が嘘のように、池には並々と澄んだ水が満ちている。
【今までの娘たちはおおむねそうだが、君たちに限っちゃ二人そろって僕の鼻先に着地したわけ。こんなのはじめて】
「すごーい、人心御供120年の歴史ではじめてなんだあ」
「えっ、てか何?甘じょっぱいのが好き?何?幻聴?」
神様の鼻づらの先に、ちょこんと座ってにこにこ笑っている西の少女も、髪をぐしゃぐしゃにして取り乱す東の国の少女も、見目麗しい二人の少女の共通点は一つだけ。
自ら生贄になることを選んだ。
それだけだ。
【そもそも神様なんていうが、僕は別に水を司ってるとか、雨を降らせるとかできないし……】
「だったら何なのこの池はッ!!!」
【無限湧き水……】
「無限湧き水かいッ!!!!!」
【ぼくなんか力のない神だから、いつもお腹がすいてて眠くて、だから食べ物貰えたらいいなって思ったんだけど……なんか、池がちょっと甘じょっぱくなったときに好きな味だと思って吠えたらそれが合図になっちゃったみたいで……】
「それじゃあなんなのよクソデカイモリ、今まで毎年あたしたちの国の娘がそれぞれ……それも未婚の生娘とかいうキモい条件付きで選ばれた美少女たちが岩塩と砂糖抱えてこの池に身投げしてたのは全部無意味だったってこと!!??」
「やだあ、美少女なんて照れるわあ」
「あんたもッ!!」
絶叫のち、東の娘ははあ、と肩を落とした。
西の娘は微笑むと、その肩に寄り添う。
「生きてるんだから、よかったよお」
「死ぬつもりだったのに……」
「死にたい?」
「全然」
「帰る場所はある?」
「ない」
「あたしも――どうしよっかねえ」
【…ぼくはしょうもない神だから長くこの池を離れることはできないが――きみたち、どこにでも行けるし何でもできるじゃないか】
「そんなこと言って、あたしたち持ってるのはこの美貌だけで――」
【そう?】
神様がフンスと鼻を鳴らすと、二人が持つ壺―――の中に入った塩と砂糖が少量舞い上がった。
【いつか、またぼくの目が覚めた時に甘じょっぱいのを食べさしてくれる人がいたらいいんだが……甘いもの食べた後はよく眠れるし……】
「高血糖がよ……」
・・・・・
ある夏、ひどい旱魃があった。
そんな時は少女が生贄になる。そういう決まりである。
少女たちが国境の池に身を投げたほぼ同時刻、東の国の研究所で、西の国出身の科学者が画期的な治水技術を考え付いた。
そう、例えば、山奥の池から遠くの町まで安定して水を引けるような。
技術の実現まで5年掛かった。そして、それから先、島で少女が生贄になることは二度となかった。
さて、渇きを心配しないでいい世の中では、甘かったりしょっぱかったりするものがたくさん売れる。
とくにお勧めは―――え、それ、僕に聞くの?山奥に引きこもって暮らす地主神の僕に?
ま、いいや。
あえて言うなら、この池の傍。最近できた小さな茶店かな。
砂糖と塩が合わさった、甘じょっぱいみたらし団子がサイコーで、ついでに店員が――2人とも美人だ。