第29話 柴犬の聖地
文字数 885文字
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柳尾さんのお話によると、電話帳には益田市で「下山さん」というお宅は数軒だったとのこと。電話帳の住所から、このあたりではないかという家に電話をしたのだが、何度かけてもなかなか出られない。
そこで、その住所を訪ねたところ、確かに家がある。しかし、どうやら空き家のようだ。仕方ないので、その先の集落まで進み、たまたま出会った方に伺うと「下山さんならここではなく、益田市街地に住んでいますよ。大工さんで、今はどこそこの現場に行けば会えますよ」とのこと。
そして教えられたとおりに現場まで行き、そこで下山信市さんのお孫さんにお会いできたらしい。
日本犬の古い本で見つけた『下山信市』さんという名前。そのお孫さんが、現実に益田市に存在していた。その方に会うことができるなんて、とても不思議な感じだ。
柳尾さんには、ただただ感謝するばかり。
そして、日をおかず、次の日曜日、柳尾さんと一緒に下山さんの昔の家(つまり石号が飼われてた家)に伺うこととなった。柳尾さんと出会うきっかけを作ってくださった益田市役所の松本さんもご一緒に、夫ともども訪ねることとなった。
柳尾さんに教えてもらった住所は、益田市美都町宇津川(みとちょううづがわ)というところだった。益田市街地から、山間部へと車で30分ほど向かうと、景勝地「双川峡(そうせんきょう)」がある。さらにその奥に、目指す下山さんの家があった。
草地に車を止めると、360度、草木に囲まれた山の中だった。山の上の方に一軒の赤い石州瓦(せきしゅうがわら)の家が見えた。
あれが「石号」がいた家だろうか。
渓流沿いの小道を登り、その家へと向かう。
7月の眩しい日差し、爽やかな風、青草の香り、野鳥のさえずり、渓流のせせらぎ、・・。
そのすべてが80年前のままだと思った。今すぐにも、その茂みから「石号」が飛び出してきても不思議はない。
あまりにも完璧すぎるロケーションだ。
「柴犬の聖地」という言葉が、自然に口をついた・・。
次号に続く。