複垢調査官 飛騨亜礼

パレオの無限増殖と妖狐

エピソードの総文字数=2,924文字

 そこは新小説投稿サイトの京都事務所である。
 アリサは金曜の夜から運営の萌の様子がおかしいことに気づいていた。

 最初は『パレオ』というホワイトクッキーにほろ苦いブラックビタークリームを挟んだお菓子をやたらに食べるようになったという些細なことだった。

「パレオなんて食べてやる。パレオなんて食べてやる」

 と呪文のようにつぶやきはじめた。

 彼女が運営してる新小説投稿サイト『ヨムカク』では『パレオ』という三文字小説がSFランキングの一位に君臨し、ランキングシステムの欠陥がその作品の存在により指摘されていた。

 苦悩した萌は『パレオ』をランキング除外する決断を下した。


 だが、それは更なる地獄のはじまりになり、『パレオ』が増殖して『パレオ』小説がランキングに溢れた。
 『パレオ・ロス・コンプレックス』と言えばいいような現象が起こり、一話完結型のナンセンスな小説もランキングを席巻していった。

 それは10万字の小説を準備して『ヨムカク』に投稿していた作者たちが、ランキングシステムの欠陥で順位を上げづらく、作品を読まれたり、評価されたりしずらいデスゲーム的状況下において、その無意識が産み出した亡霊、あるいは怨念のようなものが現実化したものだった。

 『パレオ』は『ヨムカク』の作者たちの無意識を反映することによって大きくなっていって、無限増殖を繰り返し、ランキングを覆い尽くすかに思えた。


 それが萌に更なるストレスを与えたのか、土曜日に入るとやたらに『きつねそば』ばかり食べるようになっていった。
 日曜日の朝に至っては、油揚げをおやつ代わりにパクつくようになった。

 完全な『狐憑(きつねつ)き』である。

 『狐憑き』は精神錯乱であり、西洋においては『人狼症(ライカンスロウピィ)』の一種である。インドや中国では『虎憑き』、中南米では『ジャガー人間』、キリスト教が普及するにしたがって『悪魔憑き』なども出現してきた。
 地域、時代、文化によって憑くものは変わるのだが、古代の医術であるシャーマン文化との関連性が指摘されている。

 『狐憑き』は西洋医学的には精神病に分類されるのだが、日本では修験道などの祈祷師が『狐を落とす』という演劇行為、一種の催眠暗示によって精神病を治療するという呪術テクノロジーが発達した。

 西洋の悪魔祓い師(エクソシスト)も、悪魔憑きの人間から悪魔を分離するという演劇的催眠暗示によって、精神病を劇的に治療する訳だが、悪魔祓い師(エクソシスト)の世界観構成能力と精神力が悪魔憑きの人間に敗北すれば、自身が悪魔に滅ぼされてしまい命を落すことさえあった。
 まさに周囲と自分自身にその世界観を真実だと思い込ませて行われる、命がけの演劇行為と言えなくもない。  

 日本において狐といえば、お稲荷さんなどの神の御使いとして人気があり、京都では伏見稲荷が有名であり、パワースポットとして参拝者も多い。


 しかし、狐を祓うとなると、修験道の祈祷師(きとうし)(まじな)い師、あるいは陰陽道、道術士辺りなのだが、アリサの心当たりといえば、真っ先に神霊になっている安部清明が浮かぶ。
 が、彼はアリサの従兄弟であり、元内閣総理大臣である安東要(あんどうかなめ)と共に、古き神である<荒脛巾神(あらはばきがみ)>探しに東北に赴いていると、要からメールがあったばかりだ。 

 アラハバキ神、別名、アラハバキカムイとは(はぎ)()く「脛巾(はばき)」の神と捉えられ、神武天皇の東征、大和入りの際に敗北して東北の地に逃れた<長脛彦(ながすねひこ)>ではないかと思われる。
 現代風に言えば<ニーハイソックス>神とも言えなくもない。

 彼の一族の荒羽吐(アラハバキ)族が信仰していた神がアラハバキカムイであると考えると、いろいろと歴史的な辻褄があうように思う。


 となると、ふつための心当たりは風守(かざもり)カオルである。
 彼女はネット小説投稿サイト『作家でたまごごはん』の入居してるビルにある公安警察のセーフハウス、秘密結社<天鴉(アマガラス)>の京都本部いるはず。
 
 陰陽師、正確には道術士なのだが、狐憑きを落とすぐらい造作もないと思われるが、とりあえずメールしておく。そこまで思案してから、アリサは萌に話を切り出した。

「萌さん、ちょっと根を詰めすぎだと思います。ここは他のスタッフに任せて、少し息抜きしてみたらと思いますが」

 切れ長の目がすっかり狐じみてきた萌の表情は少しきつめだったが、まだ、少しは正気が残ってるように思えた。

「そうねえ。実は午後から<KAWAKAMI>のネットゲー<刀剣ロボットバトルパラダイス>の制作会社<ITM.COM>の竜ヶ峰雪之丞社長が京都見物にくるのよ。ちょっと清水寺辺りを案内しないといけないので、アリサちゃんも来てくれない? <KAWAKAMI>の角山卓三社長、クリエーターズSNS『sketch』のS社長さんも合流して、夕方から会合もあるのよ」

 アリサは女子大生なのでアルバイト待遇であったが、仕事はバリバリで、案外、萌から信頼されていた。

「大丈夫ですよ。お供しますよ」

 アリサはにっこりと微笑んだ。

 アリサは知る由もないが、信長一行も清水寺に向かうというし、このままではメガネ君が妄想したダンスバトルが実現するかもしれない。
 鬼がでるか、蛇がであるか、あるいは狐か、竜かは定かではないが、次回、緊迫の接近遭遇とダンスバトルをご期待ください。

 しかし、京都観光コースって何かと清水寺辺りが起点や終点になるので、仕方ないっちゃ、仕方ない展開ではあるわな。

 あ、ひとりごとです。





(あとがき)

 アラハバキ神=長脛彦=<ニーハイソックス>神のひらめきは意外でした。

 『安部清明と安東要のやり直し転生譚』で安東要とオタク軍団は何故か<ニーハイソックス>にミニスカはいてるんだよね。

 無意識に張った伏線が、今、無意識によって回収された。

 小説とは無意識の文学であり、自分の深層意識を覗き込むことになるので、ちょっと怖い展開ですね。

ああ怖い。


 残り7000字で『複垢調査官 飛騨亜礼』シリーズ累計10万字になります。
 今日、明日休みで達成したい。

 僕の作品は、意外かもしれないが、結構、緻密に世界観設定がなされていて、他の作品『安倍晴明と安東総理のやり直し転生譚』『常世封じ道術士 風守カオル』『少女格闘伝説』『匿名捜査官タグ』『魔導天使~グノーシスの黙示録~』との関連性もあって、全部読むとニヤッとできるようになってます。

 しょうもない、無意識のリアルタイム、即興小説的なものも重視してるので、全く無意識に書かれた伏線が無意識によって回収されることもあります。
 全部読まないとどうしても謎が残るような書き方になっていて、そういう謎も人生のスパイスとして永遠の謎として残してるのもいいかなと思います。

 あとがき長い。

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