第19話

文字数 1,839文字

 柚木クリスティーンは横浜にある孤児院明星学園に取材スタッフとともに訪れていた。町田総合病院の看護師早川仁美からひそかに転院していた知的障害者の情報を得た柚木であったが、いずれの患者も親類縁者はいないか、いても遠縁で関わり合いになりたくない状況であった。唯一八歳の城戸孝明君は誕生直後に遺棄されていたのを、ここ明星学園に引き取ったという経緯がある。園長の滝川恵子によると孝明君は生まれつき発達障害があったのだがそれでも五歳まではここ明星学園で世話をしていた。他の園児たちも彼の面倒をよく見ていて特に問題等はなかったのであるが小学校入学の年が控えていたので市の相談員と話し合ったところ設備の整った養護施設へ入ったほうがいいとの勧めに従い、三年前に川崎の幸寿園を紹介されてそこに孝明君を転園させたのであった。当初は毎月孝明君の様子を確認しに幸寿園を訪問していたのだが、彼が落ち着いた状態であったので入園後一年を過ぎたころから幸寿園の訪問は行っていないとのことであった。その理由はやはり孤児院の園長といえども知的障害者たちが集まった施設を訪問した際の居心地の悪さにいたたまれない気持ちを抑えることができずに足が遠のいてしまったというものであった。
 滝川園長にとっても城戸孝明君の幸寿園からの転出は初めて聞く話であったので少々合点がいかない様子であった。柚木が孝明君の転院先の幸寿園を尋ねてくれないか要請すると滝川は快く引き受けた。柚木とそのスタッフたちは滝川の応対に全く不自然な態度は見られずこれ以上の新たな情報が入手できそうもないので礼を述べて明星学園を後にしたのであった。
 明星学園を出た後カメラマンの森本が柚木に話しかけた。
「柚木さん、孝明君のこと考えると不憫ですね。親から捨てられて孤児院で育つも、そこにも居場所がなくなって障害者施設に入れられた後、今度は人体実験の被験者にされたんじゃ、彼が何のために生まれてきたか考えるといたたまれないです。でも仮にそこで行われている人体実験が知的障害の緩和のためにということであれば、彼らのためにもなるし多少の犠牲があっても仕方ないんじゃないですか」
「森本さん、あなたの言うことわかるわ。でもその場合なぜその研究を公にしないのかしら。極秘裏に行っているからにはその理由があるはずよね。それにそんなに画期的な治療法の研究であれば森本さんの言っているようにみんなのためにもなるんだし、ユニ・グローブがアメリカで行ってその技術を独占することで莫大な利益を生むことができるんじゃないかしら。五葉重工と組むからにはそれ以外の何か極秘裏に進めたい計画があると考えるべきよ」
「そこは僕も気になっているところなんです。でもそれ以外の何かっていうのは考えていくと恐ろしいんですよ。何か善意からくるものではなくて悪魔的な試みみたいな」
「そうね。でも今、ここでそのこと考えても正しい結論には至らないことは確かね。もっと情報を集めて真相に迫らないと彼らの計画が見えてこないわ」
「孫英玲が進めている移民計画も元々は五代礼三の考えていることじゃないですか。移民計画と今回の障害者の謎の転院は繋がっているかもいしれませんね」
「そこを公の目にさらすのが私たちメディアの役目でしょ」

 その夜、柚木のところに明星学園の滝川園長から連絡が入った。滝川によると幸寿園に城戸孝明の現状を確認したところ症状が悪化したので最新の設備が整った総合施設へ転院させたということだった。転院先を聞いたのだが、そのことは園長が一手に取り仕切っているので実務者レベルではわからないというものであった。城戸孝明の悪化状況に関しても甚だ的を射ない回答で誤魔化していることが強く感じられたようである。それ以上の情報は得ることができなかった旨の説明がなされた。柚木は滝川に幸寿園でだれか協力してくれそうな人はいないかと尋ねたところ、若い男の看護師野中慶太の名前が出てきた。彼は滝川が幸寿園を訪れた際いつでも応対してくれて、城戸孝明の状況も親切に教えてくれた。誠実さが感じられる青年とのことである。しかし野中慶太がそれ以上の情報を持っているかについて滝川は甚だ疑問であった。最後に柚木に対して城戸孝明の安否確認をお願いしますと言って会話は終わった。
 滝川とのビデオ会話の後柚木は知り合いのルポライター杉本照男に連絡を取り至急会えないか尋ねたところ明日の午前十時に歌舞伎町のルノアールで落ち合うこととなった。
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