第14話 花に鳴く鶯
文字数 1,184文字
「じゃじゃーん」袈裟 に掛けたウエストポーチに手を忍ばせたとたん、美玖の眉が、ふん? と上がった。
「ご婚約おめでとうございます」指輪のケースを差し出し、恭 しく頭を下げる。
顔を上げると、憂 いいっぱいに眉をしかめた美玖の目は、うろうろと落ち着きを失っている。
「どうしたの」
「プロポーズ……だよね」
「このケースが、バカでかいチロルチョコに見えない限り、そうなんだけど……」
「涼ちゃん、ごめんなさい」美玖は俯くように頭を下げた。
「それは受け取れない」顔を上げきゅっと唇を閉じた。
「今まで黙ってて申し訳ないけど──あたし、子供のできない体なの」
苦いものでも吐き出すように、言葉は連なり唇からこぼれ落ちた。
「生命のバトンは……わたしのところで止まったの。わたしのせいで、止まったの」
思いもかけない告白に僕は衝撃を受けた。でも、自分のせいではないのに美玖は自分を責めている。僕は思わず抱きしめた。
「自分を責めちゃダメだよ! それは美玖のせいじゃないんだろ? 自分を責めちゃダメだ! 子供ができないなら、できないなりの暮らしをすればいいんだ。ないものを望むより、あるものに感謝しながら生きることが大事なんだよ」
「でも」僕の手をそっと外して見上げてきた。こんなに悲しそうな顔をする美玖を見るのは初めてで、僕の混乱は収まらず、胸はひどく痛んだ。
「いいんだ。ふたりで生きて行けばいいんだよ。この世に意味のないことなんて起こらない。子供が生めないなら産めないなりの理由があるんだ。
上手く言えないけど──単に体のせいとかじゃないわけが絶対あるんだ。だから、それは悲観すべきことじゃないんだ。それが行くべき道なんだよ」
人生には、なぜだろう、どうしてあのとき、と悔やむことが少なからずある。その中には、人の力ではどうにもさからうことの できない力、不可抗力も存在する。
いずれにせよ僕は無力だったけれど、ここを、この場を、振り返ってみて後悔する場面にはしたくない。
「『花に鳴く鶯 水にすむ蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける』──紀貫之 だったよね」
うん。僕の胸元で美玖が頷いた。古今和歌集、と見上げた目が少し笑った。
「僕はまだ君に、教わりたいことがたくさんある。歌を詠まずにはいられないことを僕たちはもっと経験できるはずだ」
「ありがとう」美玖が、僕の胸に頭を寄せた。
「だけど少し考えさせて。少しだけ時間をちょうだい。頑張ってみる」
「美玖……」
「頑張ってみるから」
自分の体のことで苦しむ美玖に僕はこれ以上何も言えずに、ただ頷いただけだった。
「ご婚約おめでとうございます」指輪のケースを差し出し、
顔を上げると、
「どうしたの」
「プロポーズ……だよね」
「このケースが、バカでかいチロルチョコに見えない限り、そうなんだけど……」
「涼ちゃん、ごめんなさい」美玖は俯くように頭を下げた。
「それは受け取れない」顔を上げきゅっと唇を閉じた。
「今まで黙ってて申し訳ないけど──あたし、子供のできない体なの」
苦いものでも吐き出すように、言葉は連なり唇からこぼれ落ちた。
「生命のバトンは……わたしのところで止まったの。わたしのせいで、止まったの」
思いもかけない告白に僕は衝撃を受けた。でも、自分のせいではないのに美玖は自分を責めている。僕は思わず抱きしめた。
「自分を責めちゃダメだよ! それは美玖のせいじゃないんだろ? 自分を責めちゃダメだ! 子供ができないなら、できないなりの暮らしをすればいいんだ。ないものを望むより、あるものに感謝しながら生きることが大事なんだよ」
「でも」僕の手をそっと外して見上げてきた。こんなに悲しそうな顔をする美玖を見るのは初めてで、僕の混乱は収まらず、胸はひどく痛んだ。
「いいんだ。ふたりで生きて行けばいいんだよ。この世に意味のないことなんて起こらない。子供が生めないなら産めないなりの理由があるんだ。
上手く言えないけど──単に体のせいとかじゃないわけが絶対あるんだ。だから、それは悲観すべきことじゃないんだ。それが行くべき道なんだよ」
人生には、なぜだろう、どうしてあのとき、と悔やむことが少なからずある。その中には、人の力ではどうにもさからうことの できない力、不可抗力も存在する。
いずれにせよ僕は無力だったけれど、ここを、この場を、振り返ってみて後悔する場面にはしたくない。
「『花に鳴く
うん。僕の胸元で美玖が頷いた。古今和歌集、と見上げた目が少し笑った。
「僕はまだ君に、教わりたいことがたくさんある。歌を詠まずにはいられないことを僕たちはもっと経験できるはずだ」
「ありがとう」美玖が、僕の胸に頭を寄せた。
「だけど少し考えさせて。少しだけ時間をちょうだい。頑張ってみる」
「美玖……」
「頑張ってみるから」
自分の体のことで苦しむ美玖に僕はこれ以上何も言えずに、ただ頷いただけだった。