恋を叶える人魚姫

文字数 3,598文字

うまく、いかなかったなあ……。
隣国の姫ってやつが悪いのだわ。

突然現れて王子を助けたのは私だ、なんて手柄の横取りもいいところなのだわ。

まあでも、こういう契約だったのだし。

後悔はあるけれど、あぶくになっても仕方ないのだわ……。

おっと、待ちねぇ! 人魚の姫さんよぉ!

後悔はある、と言ったな! そいつぁこの俺には聞き過ごせねえ!

あなたは?
いいえ、もうどうでもいいことなのだわ。

私はこのままあぶくになって消えてしまう。

ほら見て、右手なんてもうなくなっているのだわ。

ところがどっこい、俺にゃあそいつを変えちまえる方法があるってもんだ!

どうでえ姫さん。聞いてみる気はねえか?

……嘘なのだわ。

私はもう魔法を使う人のことなんか信用しないのだわ。

海の魔女もあなたも同じ。私をハメるつもりに決まっているのだわ。

まあ聞きな。俺ぁそういう、ズルい契約の帳尻を合わすのが信条でよ。

人間になりたいなんてそう大きな願いじゃねぇ!

歩く度に痛む足、奪われる声、恋が敵わなければ海のあぶくと来た!

まったく不釣り会い! 全然似合いじゃねえ! そう思ってるだろ?

後悔がないって言うなら良いけどよ、後悔のある奴を救うのが俺って訳よ。

どうだい姫さん。やり直してみたいと思わねえか?

特別有利な条件はつけてやれねえ。

足は痛えままだし、声も出ねえままだ。

だがやり直しに制限回数はつけねえ!

姫さんの納得が行くまでやり直し続けられるぜ。

本当? 本当にそんなことができるの?
……あァ。説明できることはしたぜ。俺は何も奪わねえ。

やり直しを止められねえなんてこともねえ。あとは姫さんの気持ち一つだ。


そら、もう胴体もなくなった。無駄口叩いてる暇はねえ。

これが公正な取引か。短い時間だが考えな。

……やり直したいのだわ。私、今度こそ王子の愛を手に入れたい!
よし来た! その言葉を待ってたぜえ、姫さんよ!

そら、戻れ! 今度こそ王子に気に入られろよな!

ここは何処……私は誰……。
って、私は人魚の姫なのだわ。

これ以上ハンデなんか背負えないのだわ。

ここは、私が王子に助けてもらった場所かしら?

……おや、お嬢さん。どうされたのですか。

服もびしょ濡れ、まるで今打ち上げられたというふうではないですか!

ああ、王子様! ……ダメだわ、やっぱり喋れないのだわ。

こんなに愛しているのに伝わらないなんて!

今度は積極的に行かないとダメなのだわ!

おや、どうやら元気な様子。僕の勘違いでしたか。

風邪を引かないよう、気をつけるのですよ。

ダメダメ! 今元気で快活な感じを出すのはまずいのだわ!

力ないですよ! ほら、弱っています! 自分で歩けないのですよ!!

いや、やはり元気がないと見える。

城に連れ帰って介抱せねばならないな。

……それに、僕を救ってくれた女性にどこか似ている。

これはもしかすると、運命でもあるのかもしれない……。

きゃあああ!! お姫様抱っこ来たのだわ!!

前回は歩いてついていったのに、この違い!

やり直し最高なのだわ!!

魔法使い様、ありがとうなのだわ……。

 しかし、彼女の恋は今回も叶わなかった。

 王子の隣国への旅行を止めることが出来ず、前回と同じように彼女と同じ顔を持った隣国の姫に王子の気持ちを奪われてしまったのであった。

グスン……。
なんでえ、ダメだったのかい。
隣の姫がズルすぎるのだわ。あんなの敵わないのだわ。

せめて言葉が使えればどんなにか違ったことか。

どうにかしてやりてえのは山々なんだがな。

これ以上の助けはまたバランスを壊しちまうってえもんだ。

もう一回、頑張って行ってきな。

彼女が熱を出して寝込んだ!?

それは心配だが……。うーん、そうなると隣国への外遊は難しいか。


そうなのだわ!

私を慮って中止にするべきなのだわ!

しかし王子。王子の滞在となれば相手方もさぞ準備に手間をかけていることでしょう。

日の迫った今、簡単に断ることは出来ませんぞ。

臣下ァーッ!! 空気を読むのだわ!!

あなたはもっと忠臣になるべきなのだわ!! 王子は一国の王子なのに!!

王子! 隣国よりお忍びで来られた姫と名乗る方が門まで来ています!
なんだって!? 間違いが無いならすぐにお通しを。

参ったなあ。急のことでもてなしが出来るか……。

厨房の方にも話を通しておいてください!

えっ……? そんなこと、今までなかったのだわ。

私の行動以外でも歴史が変わることがあるのかしら?

 人魚姫は門側の窓を開いて、入ってくる隣国の姫を一目見ようと目を凝らした。

 伝聞に自分と似ている、しかも溺れた王子を救った女性と話には聞いていたが、実際に目にしたことはなかったのである。

 やがて現れたその顔に人魚姫は驚いた。

ホント、私にそっくりなのだわ……。

同じ髪の色、同じ瞳の色、同じ顔の形、同じ位の背丈。

……待つのだわ。こんなにそっくりなのだから、もしかすると……。

なんでぇ、失敗したっつうのに明るいじゃねえか。

何かいい方法を思いついたのかい?

ええ、この方法なら解決できるはずなのだわ。

今度こそ王子の心は私が掴んでみせるのだわ。

ふふ、あはは。容易いのだわ。

隣国の王女を殺して私が王女になりかわる!

我ながら素晴らしいアイデアよね。

しかも、海から離れたお陰か魔女の呪いも切れたのだわ。

声も出るし、歩いても痛くない。今度こそ、私は人間になれたのだわ。

そうだ、今から王子に会いに行きましょう。そうするべきなのだわ。

姫。まさかこんなところまで出向いていただけるとは。

お会い出来て光栄です。

……おや、もしかしてあなたは……。

お久しぶり、なのだわ。あなたが海で溺れた時以来ね。

隣国の王子と聞いて驚いたのだわ。

旅行に来られると聞いたのだけど、こちらからお邪魔させてもらったのだわ。

それはそれは、本当に光栄です。

しかし、私と同行するはずだった女性が熱を出しましてね。

旅行には行けるかわからない。調整中なのです。

ですが、こうしてきていただいたのも何かの縁。

盛大に歓迎しますよ。城内へどうぞ。

……えっ? 私がこうしているのに、誰かが寝込んでいる?

おかしいのだわ。私に会わなければ王子は相手を探さなかったはず!

王子はホモなのじゃないかなんて噂まであったほどなのだわ!

女中なんか、あの臣下とのカップリング本まで描いていたのだわ!

一体誰が……あっ……。
 自分がいたはずの部屋を見上げる人魚姫。

 そこには当たり前のように彼女自身がいた。

 驚愕の表情はどちらのものか。どちらの人魚姫が驚いているのか判別出来ない一瞬。

 しかし、その均衡が保たれたのは一瞬である。隣国の姫に化けた彼女はいち早く事態を察知した。

ふーん。なるほどね。
ドヤああああああッ!!
あ、あれ? なんで私、ここにいるのだわ?

私、明日が結婚式のはずで……王子の城で……。

姫さんよ。やっちまいやがったな。

なにか罪を犯したろう。俺ぁそこまでは許してねえ。

お陰でお前さんにかけたやり直しの魔法が解けちまった。

ええ!? 待つのだわ!!

私が納得するまでやり直せるって言ったのだわ!

そう、公正な取引を担保するのがあなたの役割のはずなのだわ!

悪いな。悪人とは契約しちゃいけねえのが魔法使いの掟だ。

海の魔女もそれは変わらなかったと見える。

おめえ、上で喋れたろう? あれは呪いが解けたんじゃねえ。

魔法が解けちまったのさ。

そう……難しくてよくわからないけど。

でも、結局この恋は叶わなかったのね。

それでも一瞬でも私は愛された。もう、後悔はないのだわ……。

おめえよぉ。どうやら随分都合のいい頭をしてるらしいな。
勘違いすんな、おめえはあぶくになるんじゃねえ。

おめえはもう隣国の姫になっちまったのさ。

これからおめえを殺しに何回も人魚姫がやってくる。

おめえは隣国の姫として何回でも人魚姫に殺される。

人魚姫がやり直しを諦めるまでな。
えっ……ど、どうしてなのだわ!

悪人と契約は出来ないってあなた言ったのだわ!

なんで私がそんなことに巻き込まれるのかわからないのだわ!

そうさな。これは魔法じゃねえ。

お前さんの犯した罪への罰ってこった。

何度でも殺されて、何度でも反省しな。

さて、俺ぁここまでだ。正直、この説明役も嫌だったんだがな。

じゃあな、犯罪者。二度と面ァ見せてくれんじゃねえぞ。

待って! 待って欲しいのだわ!

新しい契約を! どんな呪いでも受けるのだわ……!

 魔法使いの姿は消えた。同時に、人魚姫の意識も隣国の姫に吸い寄せられていく。

 彼女は姫として何度も殺された。

 彼女が殺される度、罪を負った人魚姫が誕生する。けれど、交代は許されない。罪を負った人魚姫とは、すなわち彼女のことだからだ。

 新しい人魚姫が罪を犯す度、その罪は彼女のものになっていった。人を殺したという後悔と、殺される苦痛とが何度も彼女の身を焼いた。

 その終わらない巡礼の中、彼女は「ああ、結局私はまた、魔法使いに騙されたのだわ」と責任転嫁を続けるのだった。

 とっぴんぱらりの、ぷう。

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