第13話 夢を見る塚

文字数 2,797文字

 夢を見ていた。

 古風な衣装を着た少女が俺に話しかけている。古い言葉のようだ。何を言っているのかは理解できないが、俺を招いているらしい。俺の手を引く少女が向かう先には、粗末な田舎家が立ち並ぶ集落が見える。夕餉の支度だろうか。家々の煙突から立ち上る煙が見える。

 そうだ。道に迷い野営場所を探していた所だ。雨風を凌げる寝床が得られるならちょうど良い。手を引かれるがままに付いて行くと、不意に反対の手を掴まれ引き留められた。振り向くと、巫女のような白い簡素な装束を纏った、白い髪の少女が俺の手を掴んでいた。何故だか、勝気そうな紅い瞳が怒りを露わにしている。驚く俺に構わず、白髪の少女は俺の手を引き集落から遠ざかる。

 ふと気付く。
 少女に掴まれた俺の右腕は、失う前の己自身の物だった。

『いつまで寝てるのよアイン!』

 雛神様は相変わらず手厳しい。目を開けると、まだ朝日は顔を出したばかりで、周囲は朝靄に包まれている。
 依頼人の村には昨晩のうちに辿り着くつもりだったが、小さな面倒ごとが重なり遅れてしまった。おまけに道を見失い、夜行を諦め古い塚の傍で夜を明かすことになったが、日が昇れば道も見付けやすいだろう。

 立ち上がろうと付いた手元に、何か白い物を見付けた。古い骨――人の物だ。鹿。狼。牛の物もある。改めて辺りを見回すと、塚の周りには無数の骨が散らばっている。

『寝穢く眠り過ぎて、仲間入りせずにすんで良かったわね』

 不吉なお小言をくれる雛神様に、何か問うことがあった気がする。
 結局思い出すことのできないまま、俺は朝靄のなか道を探し始めた。

「遅い! 遅いったら遅い何やってるの? 馬鹿なの無能なの?」

 依頼人であるウェゼル嬢は随分とご立腹の様子だった。まだ若いがこの村の名士の娘で、急逝した父の跡を継ぎ領主になる立場だという。黒い服にヴェール。喪に服すための衣装だ。喪が明ければ正式に領主の地位を継ぐのだろう。傍に控える村長が申し訳なさそうな顔を向けるのに、俺は目顔で返した。

 依頼内容は墓荒らしの捕獲もしくは排除。殺しても構わないということだ。弔ったばかりの真新しい父の墓を暴かれ、ウェゼルは相当頭に来ているようだ。死体を損なわれるとあの世で苦労すると信じる者は多い。その手の信仰を持つのかと尋ねてみると、年嵩の村長は頷き、恐らく食屍鬼の仕業でしょうと応えた。


「あの恥知らずの墓暴きども! 三年前に追い払われたはずなのに、また戻って来たの!?」

 街道から外れた今は使われない道の先に、打ち捨てられた廃村があり、かつてそこに食屍鬼が棲みついていたのだという。俺が夜を明かした塚の辺りかと問うと、村長は驚いた顔を見せた。

「夢見塚で夜を過ごしたのですか? よくご無事で」

 廃村で信仰されていた古い神にまつわるものだとも、はるか昔の貴人の墓だとも伝わっているが、塚の傍で眠ると魂を中に招かれ、そのまま命を落としてしまうと伝えられているのだという。

「迷信よ迷信。死期が近づいた獣達が集まって死に場所にするから、そう言われてるの」

 ウェゼルは馬鹿にした風に否定して見せる。弱った獣が身を隠すのに使い、結果死骸が集まる場所もあるのかもしれない。だが、種を問わず――それこそ、人間までもが――集うものだろうか? 少し引っ掛かったが、俺自身が生きている以上、ウェゼルのいう通り迷信なのだろう。

「それより墓荒らしよ! 手傷を負ってるって話だから、そう難しい仕事じゃないでしょ。頼んだわよ!」

 不機嫌な態度を隠そうともせず、乱暴に脚を組み直し、喪服の依頼人は言い放った。


 墓荒らしは見付かったその場で墓守に手傷を負わされたという。当の墓守の話では、

「子供くれぇの小さい奴だったかな。暗かったんで良く見えんかったが……」

 ということだった。それでも、振り回した墓堀鍬には確かに血が付いていたという。

『曖昧な話ねえ。仕事なんだからきっちり捕まえなさいよ』

 誰もが騎士のように構えて生きている訳ではない。墓守としては、傷を負わせ追い払えただけで充分だろう。

 朝来た道をそのまま戻り、廃村を目指す。領主のいう通りなら、食屍鬼が潜んでいるのはそこだろう。野営した塚の前を過ぎてほどなく廃村が見えた。奇妙な既視感に囚われたが、すぐ夢の中で見た景色に似ているのだと思い当たった。

『最近人の通りがあったみたいね』

 痕跡を隠そうとした様子があるが、微かに血の跡が残っている。踏み込んだ廃屋の中には、二人の子供が隠れていた。

 ガタガタと震えながらも、俺にナイフを向ける少年。打ち所が悪かったのだろう。右脇腹を抑える布は重く血で滲み、顔には死相が浮かんでいる。少年に庇われる少女の目は、闇の中で獣のように光り、口元が少しばかり前に出過ぎている。

『食屍鬼――の取り換えっ子ね』
「ポーアは食屍鬼じゃない! 病気なだけだ!」

 食屍鬼は時折人間の子をさらう。育てられた子供は例え親元に帰っても、長ずれば食屍鬼の性質を表すという。

「……ポーアは普通の食事を食えなくなって……生きてる間はポーアの父ちゃんが何とかしてたけど……一人になっちまった今は、おいらが何とかしてやらないといけないんだ!」
「ナード……ごめんなさい、ナード……」

 以前この廃村に巣食っていた食屍鬼に攫われ、食屍鬼の性が現れ始めた後も、それを隠して育てられていたのか。今はまだ半分は人間といえるが、連れ帰ったところでいずれ処分されるだろう。ナイフをかざす少年の息は荒く、手は力なく落ちかけている。俺は二人に俺なりの処分を告げると、その場を後にした。


「で……この子が犯人だったわけ?」

 ウェゼルは歯切れの悪い物言いで確認する。
 一夜明け、ウェゼルを連れて来た夢見塚の前には、寄り添い眠るような二人の子供の遺体があった。

「こっちの子は人間ね。可哀そうに……見舞金の支度をしないと」

 沈痛な面持ちで呟く。案外良い領主になる器なのかもしれない。

 あの時俺がしたのは、二人に夢見塚の話を教えることだけだった。

 少年はもう長くない。逃げ延びることもできずに死ぬだろう。もし少女が、先に死んだ少年の屍体を喰らって逃げるような存在だったなら、捕まえて突き出すつもりだった。飢えていただろう少女の腕には、自分で齧ったものらしい跡が残っていたが、少年の遺体には墓堀鍬で受けた傷以外、損なわれた様子は見られなかった。

『夢の中に行けたのだとしても、人が食屍鬼と暮らすのは難しいわよ?』

 例えそうだとしても、少年は少女を守って見せるだろう。
 俺に約束したとおり、死に瀕した身体を引き摺り、少女と二人夢見塚まで来ることができたのだから。
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