第61話 中村鶴吉さんのお孫さん
文字数 882文字
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お孫さんとは、何度もメールで情報交換し、直接お電話でお話ししたこともあったが、ようやくお目にかかれることとなった。
いつもは図々しい私だけれども、珍しく緊張してしまう。
さて、お孫さんは、50代ということだが、実際にお会いすると、思っていた印象よりも大変お若くて、颯爽とした雰囲気の方だった。
何より、探し求めたあの「エンペーカー中村鶴吉」さんの血を引く方と思うと、感無量である。
私は、国会図書館でコピーしてきた「主婦の友」の原稿をお渡しして、写真のお礼を申し上げた。
そして私が一番、お孫さんにお聞きしたかった質問を投げかけてみた。
それは、「なぜ今年の初めに、おじいさんの名前をインターネットで検索したのですか?」というものだった。
お孫さんは、中村鶴吉さんの日本犬の保存活動や功績はご存じなかった。
中村鶴吉さんと私の祖父は、同じ歳くらいである。歴史上の人物でもない限り、そんな明治生まれの人を検索するというのは、ちょっと不思議な気がしたのだった。
検索魔の私ですら、祖父の名をサーチしたことは一度もない。
「それが、よく覚えてないんです。なぜ検索しようと思ったのか。ただ何となく・・」とのことだった。
それにしても、不思議だ。
何しろ、メールをいただいたのは、中村鶴吉さんの島根の親戚にお会いした翌日なのだから。
石の研究をするようになってから、こういう不思議なことがたびたび起こる。
そして私は、中村鶴吉さんの素晴らしい功績を、自分の知っている限りのことを一生懸命お伝えした。中には、ネガティブで批判的な意見を持つ人がいることも正直にお話した。そんな方達の誤解を晴らすためにも、これからも調査・研究を続けていくこと、その功績をしっかりとお伝えしていくことをお約束したのだった。
その時のことを石川記者は、のちにニュースサイト「withnews」にこう記している。
次号に続きます。