第15話 展望室
文字数 2,049文字
展望室につながるエレベーターの前で小川博士に会った。
「カナタを探してる?」
くたびれた白衣を着て無精髭を伸ばした博士がわたしにたずねた。
「修理がすんだはずなのに、三日も部屋に戻らないの」
「確かに修理は終わったけど。施設のあちこちをぶらついているみたいだね。マーカーも意図的にオフにしてる」
うん、とわたしはうなずいた。
「でもたぶん展望室かなって……」
「考えることは同じだね。あ、拒否された。もう展望室にいるの確定」
ボタンをおした博士が苦笑した。
エレベーターが反応しなかったのはカナタが操作したかららしい。
「ここに来たばかりのころを思いだすよ。しょっちゅうエレベーターを止められたもんだ。ドーム内の天気を勝手に変えたりしてね」
博士は胸ポケットから銀色の鍵を取り出すと、コンソールを開けて鍵を挿した。
「無理やりにでも会いに行こう」
博士はわたしを抱上げると、降りてきたエレベーターに乗った。
「前のときも、こうだったの?」
「いや。でも今回は今までで最大の襲撃だったから」
五十鈴のライブカメラが映したのは、新雪を踏みあらした無数の足跡、赤く染まった雪……音声を切ってもなお、見ているものたちを震撼させるには充分だった。
「実をいうとね、今回の件はある程度予測済みだったんだ」
「似たようなこと、カナタも言ってたわ」
冷たい顔でソフィア博士に。
「新しい職員はいわば異分子だ。聴いたよね。核物質があること。だから場所柄テロを警戒する。なによりスズキはここを志願するには若すぎた」
「若すぎた?」
「ここに入る条件は市民IDの抹消。一度入ったらもう外では暮らせない」
それって死亡した扱いになるってことじゃないの?
「ぼくもここに来たのが四十代前半だったから、かなり疑われたよ」
「ねえ、IDが消されたらもうドームの外では死亡したってことになるんじゃないの? そんなことが許されるの?」
わたしの疑問に答えるまえに、エレベーターは展望室に到着した。
開いた扉の向こう、カナタはいつものように窓辺にうずくまって樹海を見ていた。ふだんとは違って、黒いハイネックのセーターと綿パンツのラフな格好だ。
「カナタ」
カナタはわたしのほうを見ようとしなかった。
「カナタ、体を見せて」
小川博士は構わずカナタのそばまで行くと、緑の瞳をのぞいた。一度は視線を合わせたけど、カナタはふいっと横を向いた。
小川博士は無遠慮にカナタの髪をかきあげ生え際を確認した。
「仕上がりが雑だな。首の亀裂もきれいになっていない」
カナタは眉間にしわを寄せて小川博士を下から睨んだ。
「みんな卑怯だ。最終的に嫌な仕事は、ぼくにやらせる」
カナタは小川博士の手を振り払い、顔をのせた膝を抱えた。
「だったら、普段から待機状態にさせといて必要なときだけ動かせばいいじゃないか」
わたしと博士は顔を見合わせた。
カナタが怒っている?
今までにないくらい、感情をあらわにしている。
「結局、ぼくは人殺しだ。もう助けた命より奪った命のほうが多い」
悔しさと悲しみが入り交じったような声。
「施設を代表して言うよ、カナタ、すまない。それからありがとう。ぼくらを守ってくれて」
小川博士は深々とカナタに頭を下げた。
「きみは、ほぼヒトだ」
「そうだね、同族さえ殺す。完璧にヒトだよ」
カナタ……小川博士は顔を歪めた。
「決して忘れることのないきみに、ヒト同様の感情を持たせてしまったことをソフィア博士は後悔している」
カナタは眉をぎゅっと寄せたまま、顔をあげた。
「いつもでも忘れられないのに、人からすれば永遠と思えるような時間の檻に閉じ込めてしまうのは、罪深いことだと分かっているんだ」
わたしたちは忘れない。百年前も昨日のことのように記憶を再生させる。そのときの感情とともに。
「そして、すべての責務をきみに押しつけて自殺した九条博士を恨んでいる」
「自殺だったの……」
九条博士の死因が自殺だなんて。
「ハルカを暴走させたその日にね。博士も勝手だ」
相変わらずわたしを見ずにカナタは吐き捨てるように言った。
「もしかして……ソラちゃんに嫌われたって思っている?」
カナタは弾かれたように顔をあげ、小川博士を見たけど、わたしと目が合うとすぐにそらした。
「ソラちゃんは心配してカナタを探しにきたんだよ」
「そうよ。修理が終わったって聞いたのにカナタが部屋に帰って来ないから」
わたしはカナタの足元に駆けよった。
「あんな姿……見られたくなかった」
無表情で敵を排除していたカナタ。ただ命令に従っただけ。本人にはどうすることもできなかったはず。
「怖くなかったって言えば嘘になる。でも、傷ついたカナタが二度と動かなかったらどうしようって……そっちのほうが何倍も怖かった」
カナタはようやくわたしを見た。
「よかった。カナタがまた元気になって」
カナタが顔を歪めた。
カナタは窓辺から降りるとわたしを抱き上げた。
「研究室へ行こう。ぼくに直させて」
カナタはわたしの背中に顔を埋めて、ただうなずいた。
「カナタを探してる?」
くたびれた白衣を着て無精髭を伸ばした博士がわたしにたずねた。
「修理がすんだはずなのに、三日も部屋に戻らないの」
「確かに修理は終わったけど。施設のあちこちをぶらついているみたいだね。マーカーも意図的にオフにしてる」
うん、とわたしはうなずいた。
「でもたぶん展望室かなって……」
「考えることは同じだね。あ、拒否された。もう展望室にいるの確定」
ボタンをおした博士が苦笑した。
エレベーターが反応しなかったのはカナタが操作したかららしい。
「ここに来たばかりのころを思いだすよ。しょっちゅうエレベーターを止められたもんだ。ドーム内の天気を勝手に変えたりしてね」
博士は胸ポケットから銀色の鍵を取り出すと、コンソールを開けて鍵を挿した。
「無理やりにでも会いに行こう」
博士はわたしを抱上げると、降りてきたエレベーターに乗った。
「前のときも、こうだったの?」
「いや。でも今回は今までで最大の襲撃だったから」
五十鈴のライブカメラが映したのは、新雪を踏みあらした無数の足跡、赤く染まった雪……音声を切ってもなお、見ているものたちを震撼させるには充分だった。
「実をいうとね、今回の件はある程度予測済みだったんだ」
「似たようなこと、カナタも言ってたわ」
冷たい顔でソフィア博士に。
「新しい職員はいわば異分子だ。聴いたよね。核物質があること。だから場所柄テロを警戒する。なによりスズキはここを志願するには若すぎた」
「若すぎた?」
「ここに入る条件は市民IDの抹消。一度入ったらもう外では暮らせない」
それって死亡した扱いになるってことじゃないの?
「ぼくもここに来たのが四十代前半だったから、かなり疑われたよ」
「ねえ、IDが消されたらもうドームの外では死亡したってことになるんじゃないの? そんなことが許されるの?」
わたしの疑問に答えるまえに、エレベーターは展望室に到着した。
開いた扉の向こう、カナタはいつものように窓辺にうずくまって樹海を見ていた。ふだんとは違って、黒いハイネックのセーターと綿パンツのラフな格好だ。
「カナタ」
カナタはわたしのほうを見ようとしなかった。
「カナタ、体を見せて」
小川博士は構わずカナタのそばまで行くと、緑の瞳をのぞいた。一度は視線を合わせたけど、カナタはふいっと横を向いた。
小川博士は無遠慮にカナタの髪をかきあげ生え際を確認した。
「仕上がりが雑だな。首の亀裂もきれいになっていない」
カナタは眉間にしわを寄せて小川博士を下から睨んだ。
「みんな卑怯だ。最終的に嫌な仕事は、ぼくにやらせる」
カナタは小川博士の手を振り払い、顔をのせた膝を抱えた。
「だったら、普段から待機状態にさせといて必要なときだけ動かせばいいじゃないか」
わたしと博士は顔を見合わせた。
カナタが怒っている?
今までにないくらい、感情をあらわにしている。
「結局、ぼくは人殺しだ。もう助けた命より奪った命のほうが多い」
悔しさと悲しみが入り交じったような声。
「施設を代表して言うよ、カナタ、すまない。それからありがとう。ぼくらを守ってくれて」
小川博士は深々とカナタに頭を下げた。
「きみは、ほぼヒトだ」
「そうだね、同族さえ殺す。完璧にヒトだよ」
カナタ……小川博士は顔を歪めた。
「決して忘れることのないきみに、ヒト同様の感情を持たせてしまったことをソフィア博士は後悔している」
カナタは眉をぎゅっと寄せたまま、顔をあげた。
「いつもでも忘れられないのに、人からすれば永遠と思えるような時間の檻に閉じ込めてしまうのは、罪深いことだと分かっているんだ」
わたしたちは忘れない。百年前も昨日のことのように記憶を再生させる。そのときの感情とともに。
「そして、すべての責務をきみに押しつけて自殺した九条博士を恨んでいる」
「自殺だったの……」
九条博士の死因が自殺だなんて。
「ハルカを暴走させたその日にね。博士も勝手だ」
相変わらずわたしを見ずにカナタは吐き捨てるように言った。
「もしかして……ソラちゃんに嫌われたって思っている?」
カナタは弾かれたように顔をあげ、小川博士を見たけど、わたしと目が合うとすぐにそらした。
「ソラちゃんは心配してカナタを探しにきたんだよ」
「そうよ。修理が終わったって聞いたのにカナタが部屋に帰って来ないから」
わたしはカナタの足元に駆けよった。
「あんな姿……見られたくなかった」
無表情で敵を排除していたカナタ。ただ命令に従っただけ。本人にはどうすることもできなかったはず。
「怖くなかったって言えば嘘になる。でも、傷ついたカナタが二度と動かなかったらどうしようって……そっちのほうが何倍も怖かった」
カナタはようやくわたしを見た。
「よかった。カナタがまた元気になって」
カナタが顔を歪めた。
カナタは窓辺から降りるとわたしを抱き上げた。
「研究室へ行こう。ぼくに直させて」
カナタはわたしの背中に顔を埋めて、ただうなずいた。