教会の扉を開ける。
聖堂に至る内扉の向こうでは、司祭が熱狂的に叫んでいる。
ガイアの民、紋様の庇護下の民、魔女の慈悲のもとにある民である我々に対し、傾国王の暴挙は目に余る!
聖堂の前に横たわる廊下を、その奥へ向かって歩くミクリラについていきながら、叩きつけるような司祭の声と、それに続く静寂にイグネフェルは耳をすませた。
水没被害が広がる北の村々から逃れてきた領民に対し、かの王はなんと命じたか。
水没を免れた残りの土地に、自らの手で塩を撒けと命じたのだ! もはや農作ができぬようにと!
ミクリラは真っ暗な階段にたどり着いていた。
どこまで続くかわからない階段に、迷わず足を乗せる。
反魔女派の筆頭ね。
紋様の力を崇めるガイア教会とは当然対立しているし、北は現魔女セレナルを生み出した地。
嫌がらせも驚くには値しないよ。
階段の上に光が見えた。
聖歌隊とオルガン奏者が控える楽楼だ。
国王の無慈悲な行いに、教王の
御旗のもと、全ての司教、全ての司祭、そしてガイアに仕える全ての民は断固として抗議しなければならない!
王の悔い改めがなければ、ガイアの慈悲はますます遠のき、紋様は毀れ、大いなる魔女は辱めを免れ得ず、ひいては我々は滅びを避けられぬさだめである!
司祭は堂々と民衆を煽り、民衆は煽られるまま怒りのどよめきを上げる。
ミクリラとイグネフェルは、身を屈めて楽楼の脇を通り過ぎ、階段をさらに上へ。
ミクリラが押し開ける。
湿った風が吹いた。
上り階段の続き、手すり、そして夕日を吸った雲の光がイグネフェルの視界を塗った。
外に出て扉を閉めると、重い風にまとわりつかれる代わりに礼拝の声は聞こえなくなった。それは不思議とイグネフェルを安堵させた。
ミクリラは、眉を寄せ、何も見えず、また何も聞こえていないかのように振る舞っていた。
その足は迷わず、天辺の鐘楼を目指していた。
そして、雲の光を集める重たげな鐘の下にたどり着いた。
本当にここに担ぎ込まれてたんだ。
おじいちゃんが言った通りだ……。
ふた抱えもあるような
梱が、鐘の下に安置されていた。
担ぎ棒がついたままで、革のベルトで固定されている。
そして、ベルトには、鍵穴の紋様が刻印されていた。
ミクリラが言う通り、ベルトの外し方はわかっていた。
学んだことではなく、予め知っていることとしてプログラムされているのだった。
風が強くなった。縋りつこうとするように、鐘楼の少年と少女の髪に、服に、手に顔に触れては空しく離れ去っていく。
それを指でなぞる。
なぞり、鍵穴の紋様へと動かした。
イグネフェルの指に合わせて鍵の紋様は滑らかに動きた。
イグネフェルは梱の担ぎ棒をどかし、蓋を開け、中に光を入れた。
収められていたものは、ミクリラの言う通り、『翼』だった。
継承戦争以来、国王派の地方領主が保管してたものだよ。
でも享楽が過ぎて、金がなくなって、教会に……つまり反目する教王派に捨て値で売るしかなかったんだ。
それをあたしのおじいちゃんは嗅ぎつけてて、ここに一時的にモノが留め置かれている間にあんたが起動したってわけ。
翼は、イグネフェルがまっすぐ腕を横に伸ばしたのと同じ長さがあった。
それが二枚、つまり一対。
羽毛には、一枚一枚に紋様が刻まれていた。
剣。槍。拳。斧。大盾。弓矢。
これが翼のように背負うものならば、ちょうど両手の指で形を確かめられる位置に、武具防具の形があった。
その他には戦車や破城槌といった戦いに関わるものから、さまざまな動物、まさに今使った鍵と鍵穴の紋様まで、様々だった。
お父さんは……
イグネフェルは英雄だったって、民衆を救おうとした……
その英雄の武器が、『殺意』なの……?
かわいそうな人なんだよ……あの人は……。
あんたのお父さんは…………。
どこからか、確かに二人に向けて声が投げ放たれてきた。