本棚に並ぶたまごやき

文字数 686文字

 書店で高校生のカップルが本を探していた。見たところ文学通じて出会った二人でもなさそうな普通に高校生活を充実させてそうな好感が持てるカップルだった。

 会話の雰囲気から察するに彼らは、「読書の秋というぐらいだから本でも読むか!」という心持ちでもなく、一冊何か読まないといけないような、それが学校なのか何なのかは分からなかったけれど、とにかく外的要因で本を選んでいる感じがした。

 彼の方が目星をつけてこれなんていいんじゃないかなと一冊の文庫本を取って彼女に見せた。すると、
「それ、"たまごやき"みたいに厚いけど大丈夫?」と彼女は云った。
「いや、例えのクセが強いわ!」と彼は流行りのツッコミでこれを返す。
僕はこの文庫本を"たまごやき"と喩える宇宙的で奥行きのある表現に対し、"クセが強い"というポピュリスティックで極めて凡庸な表現との対比に頭を殴られ、その場にいるだけなのに恥ずかしくなってしまった。

 つまり、とにかく、僕は彼女の方を応援したいのである。

 この先、会社とか何かの集団にいるときは"クセが強い"とか流行りのことを云ったほうが"受け"が良いのは確実で、"たまごやき"とか云ったときには「何かよく分かんない…不思議ちゃんって奴?笑」みたいなことになるだろう。

 しかし、その独創性・想像性・独自性。この先全く役に立たなくても、大事にしてほしい!決して屈しないでほしい!捨てないで大事に実家に置いておいてほしい!と願う。

 それは今、僕の書棚にある文庫本が"たまごやき"に見えてしまうこと、それは本当にとんでもないことなんだよって、彼女にそう云ってあげたいってことなのです。
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