6 草薙鎖天は斯く発見す

文字数 1,211文字

「……遅いな」

 携帯の充電などとっくに切れていて、時刻を確認する手段はない。
 だが、夕刻を通り越してもはや夜になってしまえば、否が応でも時間が過ぎたのが分かる。日直の仕事にかかずらっていたとはいえ、いくらなんでもまだ来ないのは遅過ぎだ。
 道にでも迷ったのか?
 いや、あり得ない。現に今朝だって、笑夢は迷うことなくこの廃墟まで辿り着いていた。
 そりゃ夜だし暗いしで勝手は違うだろうが、それでも迷子になってしまうことはないだろう。
 こういう時、モバイルチャージャーでも買っておくんだったと後悔する。
 いつでも気軽に連絡を取り合えると思っていたのに、肝心の通信機器がお釈迦じゃ笑えない。

「……姉ちゃん、ちょっと行ってくるな」

 枕元の位牌に軽く手を合わせ、俺は廃ビルを抜け出した。
 まるで迷路のように張り巡らされた路地。その一本一本を、くまなく捜索していく。
 もしかしたらあのアホは、本当に迷子になってるかもしれないし。
 或いは探しに来た俺を驚かそうと、物陰に潜んでいる可能性だってある。非常識だろうが、笑夢はそういうことをやりかねない奴だ。
 まぁもし妙なことを企んでいたら、見つけた瞬間拳骨を食らわせてやろう。
 そう思いつつ、路地を探し回るのだが、いない。
 笑夢が、どこにもいない。
 隠れられそうな場所も見逃さずに探したが、やっぱりいない。

「……あいつ、どこ行ったんだ?」

 首を捻りながらなおも探し続ける。
 一本、また一本と、虱潰しに路地を覗き込む。

 若干の不安と焦燥感が胸をかすめた。
 いつの間にか、俺は走っていた。次々に路地へと目を移し、笑夢の姿を探していた。

 頭に思い浮かんだ可能性を、理性が必死に掻き消していく。
 だって、そんなことをする理由がない。
 だから、大丈夫。大丈夫な筈だ。
 自分に言い聞かせながら、また一本、路地を覗く。

 ――――鼻が、嗅いだことのある臭いを捉えた。

 ツンと刺すような、それでいて鼻の中に居座り続ける鈍い臭い。
 恐る恐る、俺はその路地へと入り込んだ。表通りからはまず見えない、奥まった場所だ。路地裏の構造を知っていないと、辿り着かない場所だろう。
 青白い月明かりも、ほとんど届かない。手探りで壁を伝い、ゆっくりと進んでいく。

 知ってる。この臭いは。
 両親の部屋でも、嫌になるほど吸い込んだこの臭いは。
 血の、臭いだ。

 頭ががんがんと痛む。それを目に映してはならないと、本能が警鐘を鳴らす。
 それでも、まるで逆らえない誘惑にかかったように。
 俺の身体は、それ目掛けて歩き続けた。

 小さな靴が、覗いている。
 力なく投げ出された脚が、誘っている。
 項垂れ、千切れかけた首からどくどくと血が垂れ流しになっている。

 それは。
 それは。
 それは。


 首元を喰い破られた、氏村笑夢の死体だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み