無名の新人……じゃない!?――今井楓人『救世主の命題』
文字数 1,650文字
静かな放課後。善光寺高校文芸部の部室では江守浩介が文庫本を開いている。
みんな用事があるらしくて僕も帰ろうかなと思ったんですけど、久しぶりに『救世主の命題』が読みたくなって。
読書家あるあるだねえ。わたしたちも見当たらないからもう一回買おうってなるほど金銭的に余裕もないし。
ま、うちは玲奈ちゃんの実家が古本屋をやってるから大丈夫。ある程度まではほしい本を確保できるよ。それより、『救世主の命題』はわたしも読んだことがある。三巻で打ち切りになっちゃったんだよね。
あ、ごめん。でも、すごくいい作品だったよね。演出力が際立ってる。
そうなんです! 後ろ向きな主人公の前に謎の女の子が現れるんですね。このヒロインは未来からやってきたらしく、主人公は、実は未来の世界では救世主になっている。だけど愛の力が欠けていたために決戦に敗れ、世界が滅んでしまう。それを回避するために、現在の主人公には五人の女の子と恋をしてもらわなければならない。……って、ざっくり取り出すとぶっ飛んでる感じですが。
世界を救うキーになるヒロイン一人一人に属性があるんだよね。「憧憬」とか「敵対」とか、主人公との関係を表したものが。で、一巻ごとに一人ずつと恋愛を成就させていく流れになる。
「世界が滅ぶ」と謳いながらバトルとかは一切ないんですよね。少しずつ女の子と話すようになって、互いのことを理解しながら関係を深めていく。大枠の設定を除くとほぼ恋愛ものなんですよ。
しかも関係のステップアップの描写がものすごく丁寧。ああ、こうすれば確かに距離は縮まるだろうなって思えるような展開がしっかり用意されているんだ。冒頭からしばらくは文章の書き方というか、台詞回しにちょっと戸惑ったんだけど、徐々に引っかかりも消えていくし。
関係の進展も上手いんですけど、この作品の見どころはなんといっても終盤ですよね。泣ける!
最後の盛り上げ方が半端ない。主人公たちに同調させられるみたいにこっちの感情もどんどん高まっていく。情景描写も合わさって、鳥肌が立つくらい美しいシーンが立ち上ってくるんだ。
序盤こそ厨二をこじらせた主人公の性格に「うっ」と思ったりもするんですけど、読み終わったあとには全部がプラスに転化されますね。二巻、三巻も、やっぱり最後の展開にこみ上げるものがあるんですよ。本を閉じたあとまで余韻が残って。
今となってはどうしようもないです。それにしても、この強弱のつけ方やシチュエーション選びのセンスはすごいですよ。カバーの著作一覧を見る限り新人さんのようですが。
あ、この今井楓人ってペンネーム、『文学少女』シリーズの野村美月さんの別名義だって知ってた?
前にツイッターで明かしてたよ。それを聞いて妙に納得したなあ。
言われないとわからないけど、言われると腑に落ちるんだよね。
ラノベだと、ペンネームを使い分けている作家さんってそこそこいるみたいですね。この名前もそうだったとは意外でした。ただ者じゃないとは思いましたけど。
おっ、なんか上から目線だね?――まあすでに畳まれちゃったシリーズではあるけど、もっと話題になってほしかった作品だよね。ラノベは月の刊行点数が多いから、いかに読者が気づけるかっていう部分もあるけどさ。
でも、大抵の作品は電子書籍化されるようになったから、全体的な入手難度は下がってるのかもね。『救世主の命題』も電子書籍版があるから、今からでも声を上げよう!
はい! よーし、文芸部のブログに書評あげときますね!
先週勝手に作りました! 桜峰さんが作り方知ってるっていうので!
……そういうのは、先輩の許可とってからにしようね?
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