第9話

文字数 712文字

 亨が帰国した後で、梓はより一層深い愛で亨を包んだ。時には母のように、時には厳しく。梓は自分が仕事をしていると亨の仕事の相談にも乗ってあげることはできないことを苦しく思っていた。話をすることはできても、より深く考慮しようとすると妊娠していることもあり、良いアイデアが浮かばなかった。
 そして出産するときも、もしも生まれてきた子供に何かあったらどうしようかと悩んだ時期もあった。兄妹なら、そういうことがあっても不思議ではない。近親相姦の疑いが晴れたわけではないからだ。
 だが、梓はそんなことを気にしなかった。兄でもいい、亨と天音の三人がかけがえのない家族であることに変わりはないと思うことが自分にとっても、二人にとっても一番いいことなのだと、笑顔を絶やさず懸命に生きた。

 出産して一年後、亨の仕事が軌道に乗らないので、梓は亨の東京進出を進めた。彼の先輩から、東京で仕事をすることを勧められたことを言えずに、一人悩む亨のイライラした気持ちを梓は見抜き、白状させたのだ。
 もしかして、兄弟だから? 違う、亨を愛していたからだと梓は自分一人でなにもかも引き受け、東京へと亨を送りだした。
 離れている間に、亨の気持ちも他の女性に移りはしないかと不安で押しつぶされそうになったし、梓も一人で子育てと仕事の両立で悩み、苦しんだ。
 それを支えたのは一人娘の天音という存在だった。自分の母親が自分を育ててくれたように、自分には夫がいる。甘えたことなど言えるはずもない。亨の母の友人の滝上さんという女性が時々近所から世話を焼きに来てくれるようになって、梓は頼もしく思い、母のように慕っていた。
 彼女の助けがなければ、きっと参ってしまっただろう。
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