秋に溺れる

文字数 397文字

水滴の飛び交っていた
松の木の枝が折れていた
だから強さは脆いのだ
薪に火をつける
パチパチと弾けて
鳴って
虫のように舞い上がって
風に揺られて
音は消えていった
それは海の音だ
孤独の中にこそ強さがある
枕元で
水の跳ねる音が聞こえた
遠い日の
母の背中を見つめていた夜
洗い物をする手が震えて
手の中から何かがこぼれ落ちて
私はそれを布団の中からただ眺めていた
台所の時計の秒針が止まった
父の茶碗が
空中に
浮かんでいる

 「早く落ちて
   早く割れてしまえばいいのに」


願った瞬間
秒針が進んだ
ふと
枕元で
水の音が聞こえた
焚き火のような
爆ぜる音だった

私はもう
逃げない

お風呂上がりに
冷たい海を想像して
私は喉を鳴らした
虫の声が聞こえる
宵越しのベランダから
長い釣り糸の竿を静かに垂らして
今夜は何が釣れるのだろうか

例えなにもかからなくとも
ただそれをじっと待つような
肌で秋の飛沫を浴びるような
私はその景色の中にただ溺れていきたいだけ
 なのだ
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