勇者になる

文字数 1,201文字

 マルクエンも不思議そうに塔を振り返った。

「とにかく、お二人が無事に試練を突破できて良かった。ですが、休んでいる時間はありません」

 マスカルがそう話を続ける。

「近くの街に馬車を手配しました。それに乗って『ライオ』を経由し、王都『アムールト』へ向かいます」

「ライオね、あの街をずっと目指していたんだけど、だいぶ寄り道ばかりしていたわね」

 ラミッタは片目を(つむ)りながらため息を漏らす。

「あぁ、そうだな」

 マルクエンも苦笑いをしていた。




 勇者マスカルパーティとマルクエン達は街まで辿り着くと、ひとまず今日はここで休息を取ることになる。

 街外れでラミッタは空を飛ぶ練習をしており、勇者マスカル達もその様子を見ていた。

「ラミッタ。空を飛ぶってのはどんな気分だ?」

「とーっても気持ちいいわよー」

 気持ちが良いのは事実だったが、マルクエンを悔しがらせたいために、より大げさに言う。

 案の定マルクエンは羨望の眼差しを向けてくる。

「しかし、マスカルさん。こんなに人だかりが出来ていて、良いのですか?」

 マルクエンは何十人も居る見物人を見て尋ねた。

「えぇ、これからお二人は、もう勇者になるのですから。人々の希望なのです」

「勇者ですか……」

 マルクエンは何だか照れくささを感じる。

「今まで人目に付かないように、この世界で生きていましたので」

「これからは逆になりますね。目立って目立って、人々に力を見せるのです」

 そう、魔王や魔人に怯える人々には、心の拠り所が必要だ。

 それこそが勇者なのだ。勇者とは、ただ魔王を倒すだけではない。

 今、ラミッタが行っている事も立派な仕事だ。

「勇者様スゲー!!!」

 子ども達が目を輝かせながら空を飛ぶラミッタを見つめている。

 段々と鳥のように俊敏に動けるようになってきたので、急上昇や急降下を繰り返しながら手を振り返した。

「あぁ、しかし、やはり可憐だラミッタさん……」

 マスカルは小声でそう呟く。



 日が暮れて、街へ戻る頃には、すっかり街中が勇者の話題で持ち切りだった。

 これは、街の酒場での会話。

「勇者様達、初めて近くで見たけど、やっぱすげぇよな!! 空飛んじまうし!!」

「あぁ、それに、何と言ってもメッチャ可愛くないかラミッタさん!?」

「分かる。可愛い上に強いとか反則だろ!!」

 男たちは空を飛ぶラミッタの話で盛り上がる。

「私は勇者マスカル様かなー、やっぱり」

「確かにマスカル様も良いけど、あのマルクエンって人もヤバくない?」

「わかるー!! 超わかる!! 高身長イケメンでさー」

 女たちはマスカル派かマルクエン派かで意見交換が行われていた。



「はっくしょん!!」

「っくしょん!!」

 宿屋でマルクエンとラミッタは同時にくしゃみをする。

「あの山小屋で風邪でも引いたか?」

「私の国では、突然くしゃみする時は誰かに噂されているって言い伝えがあるわ」

「そんな、まさか」

 マルクエンはハハハと笑い流していた。
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