第3話「酒は憂いを掃う玉箒」
文字数 1,747文字
縁側の向こうの景色を眺めながら、心底面倒くさそうな声音で霊夢はつぶやく。
日はすっかり落ちて、外は真っ暗になっていた。
霊夢には申し訳ないが、今日はここで泊まらせてもらう。
馴れ馴れしく呼ぶな。いつからアンタの友達になったのよ。
同じ屋根の下で雨宿りして、他愛もない話をして、
天龍舞に刻まれた名前を見つけてもらって。
少しでも霊夢との距離が縮まったと思ったのは、僕の一方的な勘違いだったようだ。
右手を差し出され、反射的に右手を上に乗せた。
こうしろと霊夢が言ったなら、僕は喜んでそれに従おう。
ちょっと意外そうに、霊夢は眉をひそめる。
彼女なりの意地悪だったらしい。
バツが悪そうに頭を掻いてから、一つ微笑を浮かべた。
さて、博麗神社の内装について霊夢からレクチャーしてもらったことをまとめる。
僕らが雨宿りしていた社殿を、霊夢は頑なに本殿と呼んでいた。
(しかし拝礼をするための賽銭箱や鈴が隣接している以上、そこは拝殿なのではないだろうか……)
その本殿も拝殿も人が住むことを想定して広く作ることは滅多に無いのだが、
この神社は特例中の特例だ。
そこは神社建築に携わった初代博麗巫女の趣向であり、何より人里離れた山奥に作られた神社だからである。
とはいえ妖怪に寝首を襲われないよう、寝室だけは離れの社務所にあるという。
ちなみに宴会を開くときは、一番大きな神楽殿にテーブルを並べるらしい。
神社らしい行事を長いこと行っていないので、色んな社殿を持て余している。
……本当に霊夢はここの正式な継承者なのだろうか。
ここには雑多な道具やお酒が詰まっているという。
そこから秘蔵の日本酒をありったけ運び、寝る前にプチ宴会を開こうというのだ。
関係の浅い男と女が一つ屋根の下だ。酒でも入れなければ夜は越せないだろう。
(いやしかし……こんな量のお酒、ちょっとした居酒屋が開けるレベルじゃないか。
どれを持っていけばいいのやら……。)
そう、銘柄も種類もバラバラな酒瓶の数々が雑多に放置されていた。
ありったけ持って来いとは言われたが、ある程度の選別作業は不可欠だ。
霊夢はどんなお酒を好むのだろう。
まさかアルコールが入っていれば何でもイケる口だとは思えない。
多くは博麗神社に御神酒として奉納された瓶だろう。
(こんなに種類が多いなら始めから言ってくれればいいのに……)
霊夢は適当なのか、かなりの頻度で意地悪なことをする。
度数の弱いお酒を持っていって「こんなの水も同然だわ」と突っ返されるか、
逆に度数の強すぎるお酒を持っていって「アンタ何を企んでるの?」と言われるのも目に見えている。
せめてお酒に強いか弱いかだけでも聞いておけば良かった。
悩んだ末に度数も様々な純米酒を酒瓶用バスケットに詰めていく。
よく見ればウイスキーやワインよりも焼酎や日本酒の占める割合が圧倒的に多い。
……考えてみれば神社にワインを奉納される機会はそう無いだろうが。
ふと「水神」という銘柄が目に入った。「すいじん」と読むらしい。
他のお酒よりも数が多い。この神社に奉納されやすい銘柄なのだろうか。
そうそう、雨の日はこれに限るわね。それにその刀、龍にまつわるものでしょう?
水神とはまさに龍のことだ。龍は雨を司り、豊穣をもたらす。
人里では毎年梅雨の時期になると、
龍を崇めるためにこの酒を神社まで奉納しにいくという。
まさに今がこの時期で、博麗神社には何本もの水神が奉納されていたようだ。
飲み口は激辛で人を選ぶ。すっと切れる辛味はまさに龍の如し。
霊夢は美味しそうに呑んでいたが、僕はもう少し甘い酒のほうが好みだった。
それからも色んな酒を飲み比べさせられ、僕はあっという間に布団の上に倒れ伏せた。
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