第3話「酒は憂いを掃う玉箒」

文字数 1,747文字

はぁ……雨、止みそうもないわね。癪だわ。
縁側の向こうの景色を眺めながら、心底面倒くさそうな声音で霊夢はつぶやく。
日はすっかり落ちて、外は真っ暗になっていた。
霊夢には申し訳ないが、今日はここで泊まらせてもらう。
なぁ、霊夢――
馴れ馴れしく呼ぶな。いつからアンタの友達になったのよ。
…………ごめん。
キツイ口調で咎められ、気持ちがしゅんと萎える。
同じ屋根の下で雨宿りして、他愛もない話をして、

天龍舞に刻まれた名前を見つけてもらって。

少しでも霊夢との距離が縮まったと思ったのは、僕の一方的な勘違いだったようだ。
…………。
……あんた、本当に捨てられた仔犬みたい。お手。
右手を差し出され、反射的に右手を上に乗せた。
こうしろと霊夢が言ったなら、僕は喜んでそれに従おう。
――む。全然嫌そうにしないわね。
ちょっと意外そうに、霊夢は眉をひそめる。
彼女なりの意地悪だったらしい。
バツが悪そうに頭を掻いてから、一つ微笑を浮かべた。
じゃあ、ちょっと頼まれてくれないかしら。
あぁ、何でも言ってくれ。
さて、博麗神社の内装について霊夢からレクチャーしてもらったことをまとめる。
僕らが雨宿りしていた社殿を、霊夢は頑なに本殿と呼んでいた。
(しかし拝礼をするための賽銭箱や鈴が隣接している以上、そこは拝殿なのではないだろうか……)
そんな些細な疑問はさておき。
その本殿も拝殿も人が住むことを想定して広く作ることは滅多に無いのだが、

この神社は特例中の特例だ。
そこは神社建築に携わった初代博麗巫女の趣向であり、何より人里離れた山奥に作られた神社だからである。

とはいえ妖怪に寝首を襲われないよう、寝室だけは離れの社務所にあるという。
ちなみに宴会を開くときは、一番大きな神楽殿にテーブルを並べるらしい。
神社らしい行事を長いこと行っていないので、色んな社殿を持て余している。
……本当に霊夢はここの正式な継承者なのだろうか。
そして今から僕が向かうのは博麗神社の倉庫だ。
ここには雑多な道具やお酒が詰まっているという。
そこから秘蔵の日本酒をありったけ運び、寝る前にプチ宴会を開こうというのだ。
霊夢の言わんとしていることは大体分かる。
関係の浅い男と女が一つ屋根の下だ。酒でも入れなければ夜は越せないだろう。
(いやしかし……こんな量のお酒、ちょっとした居酒屋が開けるレベルじゃないか。

 どれを持っていけばいいのやら……。)

そう、銘柄も種類もバラバラな酒瓶の数々が雑多に放置されていた。

ありったけ持って来いとは言われたが、ある程度の選別作業は不可欠だ。

霊夢はどんなお酒を好むのだろう。

まさかアルコールが入っていれば何でもイケる口だとは思えない。

多くは博麗神社に御神酒として奉納された瓶だろう。

(こんなに種類が多いなら始めから言ってくれればいいのに……)
霊夢は適当なのか、かなりの頻度で意地悪なことをする。

度数の弱いお酒を持っていって「こんなの水も同然だわ」と突っ返されるか、

逆に度数の強すぎるお酒を持っていって「アンタ何を企んでるの?」と言われるのも目に見えている。

せめてお酒に強いか弱いかだけでも聞いておけば良かった。
(お酒一つ選ぶのも大変だなぁ……)
悩んだ末に度数も様々な純米酒を酒瓶用バスケットに詰めていく。

よく見ればウイスキーやワインよりも焼酎や日本酒の占める割合が圧倒的に多い。

……考えてみれば神社にワインを奉納される機会はそう無いだろうが。

…………ん?
ふと「水神」という銘柄が目に入った。「すいじん」と読むらしい。

他のお酒よりも数が多い。この神社に奉納されやすい銘柄なのだろうか。

そうそう、雨の日はこれに限るわね。

それにその刀、龍にまつわるものでしょう?

水神とはまさに龍のことだ。龍は雨を司り、豊穣をもたらす。
人里では毎年梅雨の時期になると、

龍を崇めるためにこの酒を神社まで奉納しにいくという。
まさに今がこの時期で、博麗神社には何本もの水神が奉納されていたようだ。

ぷはーっ! たまんないわね、この辛さは!
飲み口は激辛で人を選ぶ。すっと切れる辛味はまさに龍の如し。
霊夢は美味しそうに呑んでいたが、僕はもう少し甘い酒のほうが好みだった。
それからも色んな酒を飲み比べさせられ、僕はあっという間に布団の上に倒れ伏せた。
博麗霊夢、恐ろしい子――。(バタッ
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登場人物紹介

名前:伊夜龍騎(いや りゅうき)


本作の主人公。幻想入りする際に記憶の一部を失ってしまい、

この名前すら自分のものだという確信には至っていない。

性格は基本的に温厚で受け体質。表情差分が無いのはご愛嬌。

名前:博麗霊夢(はくれい れいむ)


博麗神社をほぼ一人で管理している健気な巫女さん。

境内に迷い込んだ龍騎のことを警戒しつつも、

何やかんやで一晩だけ泊めることに。

今回の異変で力が発揮できなくなってしまう病弱系ラスボスヒロイン。

名前:姫海棠はたて(ひめかいどう はたて)


妖怪の山を拠点とする天狗の新聞記者の見習い。

携帯電話型のカメラを使った念写でブログレベルの記事を書いている。

別件で飛んでいる文(あや)に代わり、

天龍舞という名の特大スクープを見つけてしまった。

名前:八雲紫(やくも ゆかり)


幻想郷の管理を行っている大賢者の一人。

ミーハーな性格なので新しいものが入ってきたとあって好奇心も旺盛。

自分以上に、幻想郷を愛してくれそうな人が現れるのを待っていた。

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