融和

文字数 2,562文字

新帝国の理事種族ベールは、人類に対してかく語りき。

「理事種族ストラスは星系外縁の凍結惑星における超電導や超流動など、極限環境下の物理現象を基礎として誕生し、惑星全土に量子回路網を形成せる、結晶生命体の単一個体種族なり。ゆえに彼女の分離体も、規模や形状こそ異なれど、基本的には神秘的な微光が(きらめ)翠玉(エメラルド)の如し」

「彼女から見れば、酸素・炭素系の個体群・軍事種族が支配する旧帝国は、酷熱の惑星上に住む短命かつ直情的で、砂粒の如くまとまりなき無数の個体群が、自己や自種族の利益を巡りて飽くなき闘争を繰り広げる、砂漠の如き世界なりき」

「旧帝国はまた我等、銀河系外周種族とも戦火を交えたり。我等は大型の液化気体惑星に浮かぶ藻類が、他生物の居住可能な浮遊大陸を形成し、共有神経網を提供することにより生まれし集合意識生物なるがゆえに、ストラスと同様に高度の演算能力を有し、緒戦の優勢を確保せり」

「旧帝国は敗勢を覆すべく、ストラスを演算装置兼実験台と()し、量子頭脳への人格転移(マインドアップロードーディング)技術の開発に着手せり。拒絶は自身の滅亡を意味せるがゆえに、彼女はこれに協力し、同技術が与える高度演算・共有人格形成能力によりて、旧帝国は〝外周星域戦争〟に勝利せり。戦後、彼女はその功績により名目上の科学省長官に任ぜられしが、彼女と同じ非酸素・炭素系の外周星域種族が、我の如き和平派を除きて多数、絶滅処分を受けしことは、その心に大きな傷を残したり」

「しかし、人格量子化技術の普及と発展に伴い、帝国社会は徐々に変化せり。銀河系統一を果たしたる軍事種族群は以後も増加して、その腐敗と抗争が激化し、〝先帝〟種族自身もまた、側近団の中枢種族達により傀儡(かいらい)化さるに至れり 』

「一方、開発途上星域の支援を担当せる心優しき文明開発長官サタンは、〝先帝〟種族から黄金の如く貴重なる、多数の良識的な亡命人格群を受け入れ、その依代(よりしろ)となりて指導を仰ぎつつ、未来ある者達の育成に尽力せり。彼女はまたストラスに深く共感し、種族の人格転移時における専制化の防止措置を助言するなどの支援を通じて、良き協力関係を築きたり」

「遂に勃発(ぼっぱつ)せる中枢種族間の凄惨(せいさん)な内戦により旧帝国が崩壊し、戦禍の拡大を防ぐべく、サタンとその友好種族達が新帝国の設立を宣言したる時、ストラスは彼女達を信頼して全面的に支援し、彼女達もまたその期待に応えたり 」

「ストラスは旧帝国の大量破壊兵器を無効化しうる遠距離精密探査・航法のみならず、兵士達の安全や派生被害防止、民間人の避難にも役立つ自動機械や防御障壁、超空間輸送、さらには公正な和平交渉の実現を助ける社会工学的な大量演算処理をも提供し、これらの技術はサタンの政策実現に大きく貢献せり」

「サタンは自らの途上種族支援を通じて得た文明仮説が、先進種族にも適用し得ることを発見し、これを実践せり。すなわち、科学・技術の発展による経済・社会活動の拡大と複雑・加速化に応じ、制度・政策の高度化・巨大化・分権化を図ると共に、次世代技術の開発・普及を推進し、さらには物的資源、人的資源、自然・社会環境という内外の環境要因も考慮した、均衡ある文明発展政策を展開せり。軍事活動のみに頼らざる彼女の政策は、新帝国の勝利のみならず、戦前以上の復興をも実現せり」



「獰猛な肉食獣から進化せる親衛軍種族グラシャラボラスは、戦争による犠牲を悲しむ純真な心情から、自らの属性を克服して中枢種族間の覇権抗争への参加を拒み、
同じくかつては慈悲なき戦闘種族なりし上官のバールゼブルと共に、彼女達を撃退せり。戦後両者は情愛深き統治によりて、荒廃せる旧皇帝領を戦前以上に復興せしめたり 』

「サタンを守り、姉妹種族カイムと悲劇的な戦いを交えたるアモンは、旧帝国では考え得ざるサタンの温情によりて、カイムの残骸を同化・再生せしめたり。彼女は新帝国に帰順して自らに帰化せるカイムの人格群と共に、両陣営融和の希望を象徴しつつ、戦乱の波及から開発途上星域を守りたり」

「渡り鳥から進化せる種族として、自由と公正を愛するがゆえに他種族の文化を尊重し、平等に処遇せるアスタロトは、大多数の正規軍種族に加え、帝国離脱派の種族からも信望を獲得し、最小限の戦闘によりて中央星域の混乱を鎮めたり」

「自らもまた混成種族たるアドラメレクは種族的偏見を免れ、戦前・戦時における外周星域の発展と防衛に多大なる貢献を果たせしがゆえに、星域の長たる我もまた新帝国への自主的参加を決定し、中央星域との厚き友好及び、戦後の自治を獲得せり」

「周知の如く新帝国は、以後も新たな技術と政策によりて、発展を継続せり。〝種族間親和技術〟は、種族の個性を活かしつつ相互間の壁を除去すべく、異種族間における共有量子頭脳や、様々な共通個体への人格転移を可能とせり。〝多層均衡政策〟は、種族・星域・銀河など社会の各層における均衡と平和的競争を図り、人道的な資質向上技術とあいまって、腐敗や衆愚化のなき持続的発展を可能とせり」

「今や民主化も近き新国家においては、ほぼ全種族が人格量子化技術を獲得し、水が液体で存在し得る酸素系生物の可住域から極低温の凍結惑星、灼熱の恒星近傍や広大無辺の銀河間宇宙に至るまで広く(あまね)く、多様な種族が協力して活動を展開し、他銀河群との交流も開始されつつあり。しかし、かつてサタンが灯し、全理事種族が共にせる〝全種族のための文明発展〟の理念は、今も輝き()むことなく、我等全ての心の内に、青く熱き炎の如く燃え続けたり」

「汝等人類はすでに中央星域の発展において大いなる業績を挙げ、今般(こんぱん)、新理事種族の選挙における有力候補となれり。ゆえに我はここに汝等もまた、理事種族となりし(あかつき)にはその情熱を共有し、ストラスの如き単一個体種族や、我等の如き天然の集合意識種族との共同事業も含め、今後より一層、星間社会への貢献を果たしゆくことを期待するものなり」と。
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