第107話 飾羽

文字数 2,098文字

 ユウトの聴覚は回復しつつある。周囲の音が次第に感じとれるようになり、ざわめく人々の声や気配を認識できるようになってきていた。

 ユウトはじっと横たわったガラルドを見つめる。左胸から肩にかけてえぐれるように破壊されていた。ユウトの最後の一撃を咄嗟に魔膜を調節することで一定方向に逃がし、損害を最小限に押せこもうそしたのではないかとユウトは予想する。それでも衝撃は逃がしきれなかったことは明らかだった。

 じっと見ていたユウトは気づく。とても弱弱しく不規則ではあったがガラルドの胸は上下に動いていた。しかしそれも長くは続かないことは傷の深さから明らかだと予測できる。兜が吹き飛んであらわになったガラルドの瞳はユウトを見つめていた。その表情はどこか安らかなにユウトには見える。ユウトはその様子に納得できない気持ちの引っかかりを感じた。

 ユウトは痛みが増してきた身体の感覚を振り払い、大きく息を吸い込んで緩んでいた表情を引き締める。魔膜でも抑えられなくなった溢れる赤黒い血が左腕の切り口からぽたりぽたりと濡れた石畳に落ち始めていた。

「ラトム。飾り羽を使用する。準備をしてくれ。どうやって使えばいいんだ?」

 ユウトは決意を持ってラトムに声を掛ける。

「はいっス。今からオイラは飾り羽を活性化させるっス。活性化した羽は光るのでそれを持って少し引っ張ってもらえば抜けるっス。その羽の根元を傷口に触れさせて欲しいっス。そうすれば治癒術式が発動して治癒を開始するっス」
「わかった。やってくれ」
「ではいくっスよ」

 ラトムは返事をすると滞空しながら集中するように瞳を閉じる。するとラトムの頭部から伸びた飾り羽の束が開き、そのうちの一枚が少しづつ光を放ち始めた。

「準備出来たっス。羽を持ってくださいっス」

 ラトムの合図とともにユウトは右手で輝くラトムの羽をつまむ。羽は抵抗感もなくラトムの身体から離れた。

 ユウトはその羽を持って歩き始める。その行動にラトムはユウトが何をするつもりなのか予想がつき慌てて声を上げた。

「ユウトさん!ガラルドを治療するつもりっスか!危険っス!すぐに完治はしないっスけど、いつまた命を狙われるかわからいっスよ。オイラは反対っス!」

 ラトムは必死にユウトに向かって懇願する。

「ありがとうラトム。治ったガラルドがその後どうするのか正直わからない。ガラルドは割り切れずにどうしようもなくなった気持ちの落としどころとして、オレと決闘をすることをえらんだと思う」

 ユウトはふっと自嘲するような笑顔になり、ラトムに語り続けた。

「まったく我がままだし、オレにとってはほんとに迷惑だよ。正直ちょっと腹が立つ。だからオレも我がままを通そうと思うんだ。ガラルドはまだ生きることをあきらめてはいない。その精神をオレは放っていられない。かっこのいい死に方なんてさせてやらない。
 ごめんなラトム。せっかくのこの飾り羽だけど、オレの好きに使わせくれないか」

 ラトムは少し沈黙し、ユウトを正面にしっかりとらえる。

「わかったっス。オイラもユウトさんの我がままに付き合わせてもらうっス。また飾り羽が使えるようになるまで時間はかかるっスけど、オイラだってどんなことしてでもユウトさんを支えるっス。
 ・・・でも今回セブルに説教されるのはユウトさんですからね!」
「ははっ。わかったよ」 

 ユウトは笑ってガラルドの首元にしゃがみ込み、持っているラトムの飾り羽をガラルドの大きく開いた傷口に触れさせる。飾り羽は輝きを増し輪郭を曖昧にするとその形を崩してガラルドの傷口をなめるように覆っていった。そして元の形へ時間を巻き戻していくように傷が徐々に合わさり始め若干歪んでいたガラルドの骨格が正しい位置に修正されていく。輝きが収まると装備がボロボロになったガラルドの傷のない身体が横たわっていた。

 ガラルドは一度大きく息を吐く。それまでの弱弱しかった呼吸ではなく寝息のような安定したリズムを取り戻していた。瞳は閉じられ、眠っているようにユウトには見える。その様子にユウトも一度大きく息を吐くとより全身の痛みが鋭く感じ始めていた。

 ユウトは数歩下がってしゃがむと地べたにゆっくりと座り込むと、ちょうどその時マレイが数人の兵士を引き連れ駆け足で駆け付ける。兵士たちはガラルドを取り囲みマレイはユウトに歩み寄った。

「お前はなんとか生きてるな。ガラルドは・・・」

 マレイはガラルドの方を振り返って視線を送る。

「ラトムの力を使って治療した。眠っているようだけど、たぶん今のオレより元気だと思う」
「そうか。とりあえずガラルドは私が預かっておく。しばらくは会えないだろう」
「そうだな。よろしく頼むよ」

 兵士たちはガラルドを担架に移すと、迅速に運び出していった。

 それと入れ替わるようにユウト達に駆け寄ってくる人物をユウトはとらえる。ユウトとマレイはその人物の方へ意識を向けた。

 その見慣れた容姿はヨーレンで間違いない。ただ大きく手を掲げながら走っていた。掲げた手には何かが握られている。ユウトはより意識を集中させて観察してみるとそれはユウトが無くした左手だった。
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