第二十二話 子供たち

文字数 3,623文字


「旦那様。旦那様」

 ヤスは、久しぶり・・・、でも無いけど、ゆっくりと寝た。

「リビングに、水を用意しておいてくれ」

 外からの呼びかけに布団の中から答える。

「かしこまりました」

 メイドが、扉の前から消えるのを気配で察してから布団から出た。
 服を着替えてから、リビングに向かう。

「旦那様。おはようございます。ファイブです」

「おはよう。マルス。デイトリッヒやサンドラの帰還はまだだよな?」

『はい。まだ、神殿の領域内にはおりません』

「わかった。子供たちへの対応を先に行ってしまおう。その前に、食事と報告を頼む」

『はい』

 ヤスは、ファイブが持ってきた水を煽ってから、出されたサラダとパンを食べる。

 食後の紅茶を飲みながら、マルスから報告を聞く。

『・・・以上です』

「問題になりそうな事象はなさそうだな」

『はい。関所の村の名前が、”トーアフートドルフ・アシュリ”に決まりました』

「長くないか?アシュリだけでもいいと思うぞ?」

『個体名ルーサからの報告です。省略名アシュリで、正式名称トーアフートドルフ・アシュリです』

「わかった。許可する」

『ありがとうございます。各所に伝えます』

「そうだ。カスパルのデータから、王都までは問題はなさそうだな」

『はい。ただし、王都までの行程を考えると、途中で休ませる必要があります』

「辺境伯と相談かな?エルスドルフ辺りだと丁度いいかな?」

『把握できている地図では、街や村の位置がわかりません。判断出来ません』

「うん。急がないから、後で考えよう」

『はい』

 ヤスは、物流の拠点を神殿以外に作る考えを持っていた。ユーラットに荷物を運ぶだけなら現状の形でも問題にはならない。しかし、血液の様に荷物を流すのなら、集積所は必要になる。神殿は、車庫であり、修理工場なのだ。王国の中心に拠点を作るのが正しいのか、それとも領都の様に発展している場所に拠点を築くのがいいのか判断出来ないでいる。

「子供たちは?」

『個体名ディアスと、個体名イチカが一緒に居ます』

「どこ?」

『学校の寮に泊めました』

「わかった。ギルドに行けばいいよな?」

『わかりました。個体名ディアスに個体名セカンドが付いていますので、連絡します』

「頼む」

『了』

 リビングの端末を閉じてから、ヤスはギルドに向かった。
 自転車やバイクで移動しても良かったのだが、歩いて移動するようだ。

『そうだ。マルス。カート場の各コースに俺の記憶を表示してくれ、参考記録として載せる』

『了』

『それと、スマートグラスをある程度の数を準備できるか?』

『ある程度が不明ですが、可能です』

『常時、カート場に居るのは、4-5人だろう?』

『はい』

『それなら、10個もあれば十分だろう。用意してくれ』

『了』

『使える機能を絞れるよな?自分の走行データの記録と、他者のデータの表示機能だけを有効にしてくれ』

『了。装置名スマートグラスに機能を設定します。マスター。スマートグラスは、個人所有を認めますか?』

『そうだな。値段を決めて売るか?どうせ、カート場でしか使えなくするから安くてもいいだろう?』

『了。個人所有を求める者が出た時に、改めて値段を相談します』

『わかった』

 そういいながら、ヤスはどうせ最初に欲しがるのは、リーゼだろうと思っていた。ディスペルの報酬に渡してもいいなと考えていた。他に欲しがりそうなメンバーの顔を思い浮かべながら、売るよりも報酬や報奨で渡したほうがいいような気になってきた。
 そのときになったら考えればいいかと考えるのを放棄した。

 ギルドに入ると、ドーリスが依頼表を張り出していた。朝に到着した依頼はすでに大半の依頼は受けられて、新しく張り出したのは昼の分だと説明された。関所の村が出来て、荷物の受け渡しが可能だと通達したことで、各ギルドから素材や物資の獲得依頼が増えたのだと説明された。
 神殿に入らなければ、ユーラットまで取りに行かなければならなかったのが、距離が縮まったのだ。それも、帝国に向かう街道近くなら、魔物の心配をする必要がないのだ。ヤスは驚異を感じていなかったが、関所の村がなければ、ユーラットまで来なければならない。ユーラットに至る道は、今では石壁の道と呼ばれる安全に通れる街道が用意されているが、遠くにあるギルドではその情報の真偽を確認出来ていない。そのために、森から魔物が出てくる可能性を考慮して護衛を雇わなければならない。そうなると、いくら神殿産の質のいい物資でも輸送費を考えると赤字になってしまうのだ。その分が圧縮出来たために、依頼が増え始めている。

「ドーリス。ディアスとイチカが来ていると思うけど、会議室か?」

「あっいえ、訓練場です」

「訓練場?」

「はい。子供たちが、狭い部屋を怖がったので、広い場所に移動しました」

「そうか・・・」

 ヤスの暗い顔を見て、ドーリスもいたたまれない感情になる。ヤスの脳裏には、一つの言葉が浮かんでいた、”PTSD”心的外傷後ストレス障害。どれほど、ひどい環境に子供たちが置かれていたのか考えてしまった。

「ふぅ・・・」

 大きく息を吐き出してから、頭を振る。
 ヤスは、昨日リーゼに自分が言ったセリフを思い出している。そして、幼馴染で親友であった男が凶行に走った状況を思い出した。そして、自分の頭から黒く淀んだ考えを追い出すように軽く頬を叩く。

「よし。もう大丈夫だ。ドーリス。訓練場だな」

「・・・。はい」

 ドーリスは、ヤスが抱える”闇”がわからない。わからないが、聞いていい事でないのは理解している。訓練場に消えるヤスの背中を見送った。

 訓練場に到着したヤスは、ディアスとイチカを探す。訓練場の中に居るのかと思ったが、居なかった。

「ヤスお兄様!」

 一階の観客席からイチカの声がした。

「おぉ」

 ヤスもすぐに合流した。

 子供たちは、ヤスを見て固まるように身を寄せ合う。

「ヤス・・・さ・・・ん」

 ディアスが子供たちの横に立って、ヤスに話しかける。

「ん?いいよ。男の人が怖いのだろう?」

「はい。12名が全員、女の子です」

「そうか・・・。ディアス。神紋だけどな。解除の方法が解った。どうするか、彼女たちに聞いてくれ、それから、神殿に移住を希望する者は受け入れる。イチカ」

「はい。ヤスお兄様」

「イチカの妹たちと一緒に彼女たちを頼む。一緒に生活してあげてくれ、カート場の仕事はカイルと弟たちに引き継いでくれ」

「わかりました。配達は?」

「出来るのなら頼みたい。でも、数日は、彼女たちと一緒にいてくれ」

「はい。わかりました」

「ディアスも、頼むな」

 子供たちの怯える目線がヤスに注がれる。
 ディアスとイチカから説明は受けていたが、それでも本能的に男性に恐怖心を抱いてしまうのだ。ヤスも、それが解るので、努めて笑顔でディアスとイチカに話しかけた。しかし、頭と心に闇が降りてくるのが解る。

 ヤスは、笑顔のまま子供たちに背を向ける。子供たちの”ほっと”した雰囲気を背中で感じていた。
 ディアスは、ヤスが何に怒っているのか解らなかった。解らなかったが、ヤスが怖いと感じてしまった。そして、自分が感じた恐怖が子供たちに伝わってしまったのだと感じた。ヤスが背を向けた事で子供たちが安堵の表情を浮かべたのを見た時に、ヤスに申し訳ないと心の中で謝罪した。
 イチカは、知っていた。目の前に居る女の子たちはひどい扱いを受けてきたと、スラム街でこういう目をした子供たちを何度も見てきた。でも、この子たちはまだ諦めていないのも解っている。諦めた子の目ではない。諦めた子は怯えたりしない。この子たちは、まだ”怯える”ことが出来た。助ける事ができるのだ。自分がそうだったように、妹たちにも出来たのだ。そして、自分を愛してくれたお母さんと同じ様に、この子たちを助ける。イチカは、ヤスの背中を見ながら心に誓った。

 ヤスは自分の無力を嘆いていた。自分に子供たちの為に出来る事はない。
 そして、今からやるのは子供たちの為ではない。ただの八つ当たりだと解っている。解っているが、マルスに命令してしまう。

『マルス!』

『はい』

『子供たちを連れた奴らは解っているな』

『はい』

『次に俺の領地に入ったら、捕縛しろ』

『はい。捕縛だけでよろしいのですか?』

『あぁ捕縛でいい。もし、また子供を連れてきたら保護しろ、そして、捕縛した奴らを神殿の迷宮区につれてこい』

『了』

『処分は、子供たちに判断させる』

 ヤスの歩く足音だけが、訓練場に響いていた。
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