第13話 宝物

文字数 3,956文字

翌朝。晴れた日。文子はいそいそと働いていた。

「姉さん。この薬草を持っていけばいいんだね」
「そうよ。そして、こっちの山椒魚(さんしょううお)もお願いね……あ?ちょっと待って」

文子は綺麗な菊の花を伝助に持たせた。

「これは食べられる花よ。伝助君ちで食べてね」
「いいの?」

これを見ていた源之丞。竹を切るノコギリの手を止めた。

「そんなにやることはない」
「でも。伝助君のお母さんはまだ病み上がりだもの」
「くそう」

村への配達をする伝助少年。優しくする文子。これに源之丞はイライラしていた。そして少年が去った後、文子のそばにスススとやってきた。

「やい!俺とあいつのどっちが大切なんじゃ!」
「どっちって……あのですね」

文子は源之丞の手を握った。

「これはお仕事ですよ。それに、伝助君のお母さんがお気の毒です」
「……」

まだ不服そうな源之丞。文子は思い切って彼に向かった。

「文子が好きなのは源様よ」
「それなら許す」

これに機嫌を良くした彼。踊るような足取りで竹切りを始めた。
先日の『源之丞の出て行くな宣言』の後。二人は神社の祭りの復活の準備を始めた

最初は乗り気ではなかった源之丞。清吉と文子の説得により渋々承諾した。

今回の祭り。従来の正式なものではなく、簡易的なものを考え中。文子はまずこの神社の成り立ちを、資料を元に紐解いていた。

この日。お堂の奥の古い書物を虫干しを兼ねて二人で広げていたが、清吉が来たので源之丞は呆れて逃げ出してしまった。

「しょうがないですな」
「まあ、嫌いでしょうね、こういう細かい作業は」

源之丞を良く理解している文子。清吉は嬉しい顔を隠して資料を一緒に整理していた。

「これによると。成り立ちは古いんですね」
「そうです。鎌倉時代と聞いています」

言い伝えによると。都で悪さをした狸がおり、これを村人で退治しようとした時、狐が現れて狸を退治したという話であった。

「それで、ここは大森稲荷神社なのです」
「石像も狐ですものね」
「ええ……ですが。これを、見てくだされ」

秘密の文書。そこには英語が書いてあった。

「え?どうしてですか」
「私の曽祖父の話です」

清吉は静かに語り出した。それは大昔、異国人が山に住み着いた話であった。

「十字架を持っていたと言っていたので。恐らく布教でやってきたんでしょう。しかし、村人にそれは理解されなかったんです。でも異国人はなんとか仲良くしようと、薬草で村人を助けたという話です」
「薬草ですか」

驚く文子。清吉は資料を優しく手に取った。

「そうでしょうね。ですがそのうち、異国人を排除しようと、幕府がやってきて、彼らを殺してしまったそうです」
「そんな」
「……異国の文化が恐ろしかったんですね。それ以降、その霊を慰めるためと、二度と他所者が住まないように、今の神社ができたそうです」
「そうだったんですか」

昔話の残虐さ。しかし森の花畑を見ると真実味があった文子。英語の古文書を必死に読んでみた。

「これは香草の名前ですね。ハーブ、オレガノ、後は、ローズマリー」
「文子さんはこれが読めるのですか?そうですか、花の名前でしたか」

しんみりしたが、清吉は他の話をしていた。しかし、文子はこの話がずっと胸に引っかかっていた。


そして夕刻。源之丞と二人で食事になった。

「どうぞ」
「疲れたのか」
「……いいえ。ちょっと考え事があって」

文子の悩み顔。源之丞。慌てて面を外した。

「それは。俺のせいか?」
「いいえ?違うんです」

文子は昼間の異国人の出来事を話した。源之丞は聞きながら食べていた。

「その話は俺も聞いたことがある。意地悪な村人は俺も異国の者だと石を投げてきた者もいたしな」
「……ひどい話ですけど。私、その人たちに何かしたいと思って」
「死んだ者には葬式しかできぬ。俺はそう教わったぞ」
「そうですけど」

まだ悩んでいる文子。源之丞、困ってしまった。

「ほら、食え。そして、明日また、支度をするぞ」
「はい……」

お人好しの文子。源之丞は心配しながら床についた。




翌朝。いつものように源之丞は森へ出かけた。文子は森奥の花畑にやってきた。

……ここは、源様のお婆さまが植えた薬草畑と聞いていたけれど。

今朝の文子。目的があった。それは異国人の文書にあったハーブ探しであった。


西洋の癒しも研究していた二階堂の祖父。実家の庭にはハーブが植えてあり、文子は幼い頃から親しんでいた植物であった。

そして、それは本当にあった。

「ローズマリー……これはオレガノ。本当にここに、教えを広めようとしてきたのね」

大昔の出来事。この真実。文子は思わず手を合わせた。そして、このハーブを使おうと摘み始めた。

これは悲しい出来事の鎮魂になればという思いであった。

「ん?ここに石がある……なんだろう」

花の中にあった十字架の印がある石。文子は何かがあると思い、翌日、源之丞とやってきた。

「ここです!ここ」
「お前は『花咲か爺さんの犬か?』まあ、掘ってみるか」

それでも源之丞。ホイホイと掘っていった。すると、見つかった。

「なんか、あったぞ」
「……異国人が埋めたものよ。ど、どうしよう」

布で包まれたもの。文子は源之丞の袖を引いた。彼はケロリとしていた。

「玉手箱みたいだな」

思わず二人。シーンとした。

「開けよう」
「待って?ちょっと待って」
「どうしてだ?」
「だって。玉手箱って言うんですもの。源様がその」
「俺が爺さんになると申すのか」

心配性の文子。源之丞。高笑いをした。

「はーははは。愚か者め?俺が開けて見せよう、それ!」

さっと開けた源之丞。そこにあったのは鏡だった。

「なんだ。鏡か」
「……大切だったんですね」

覗き見る文子。すると源之丞は呻き声を上げた。

「……う、ううう?」
「源様!?」

突然苦しみ出した源之丞。そして、花畑にバターンと倒れた。

「きゃあ!源様。しっかりして」
「俺は……死ぬ……これは、玉手箱じゃ」
「源様、そんな」
「う、ううう……」

文子の腕の中で苦しむ源之丞。しかし、そのうち、体を震わせた。

「お願い。ねえ、源様!」
「うう。ふ……ふふふ」
「あ?」
「ふふ、ははは!ははは」
「まあ?ひどい?騙したんですね」
「あははは。あはは」

……もう!本気で心配したのに!

怒った文子。胸に抱えた源之丞をさっと捨て、出土品を抱えて森を出て行ってしまった。悪ふざけしすぎた源之丞。慌てて文子を追いかけた。

「な、な?そんなに怒るな」
「……怒ってません」
「怒っておるではないか。な、そんな顔するな」
「怒ってません!」

そう言って帰っていった文子。源之丞は呆然とその背を見ていた。

この日の夕食。文子は黙っていた。源之丞。食べ終えるとすごすごと自室に下がった。

……あんなに怒るとは。思わなんだ。

それにしても。自分を必死に思ってくれた娘の顔。源之丞、にんまりしていた。破れた障子から月が見えた。今頃、彼女はまだ怒っているであろう。

思わず源之丞。縁側に出て笛を吹いた。

夏の風、森の匂い。笛に彷徨う想いに反応したのか、遠くの狼が遠吠えをしている。それに笑みを浮かべて彼は吹き続けた。

夜空、月、星、風、森。それしかなかったこの神社。今は暖かいものが胸にあふれていた。

孤独だった源之丞。彼女への謝罪もあったが、それ以上に深い愛情への感謝を込めて調べを奏でていた。





翌朝。文子はまだ怒っていた。源之丞はなんとかしようと作戦を実行した。
それは夕刻。囲炉裏の火を入れている時だった。

「やい。まだ怒っておるのか」
「怒っていません」

……怖い。だが、昨日よりも優しいぞ。

源之丞。勇気を出した。

「こっちに来い。こっち、こっちだ」

文子の腕を取り、源之丞はまだ彼女が来た事がない神社の北側にやってきた。

「源様?」
「足元に気をつけよ。さあ、ここじゃ」
「うわあ。ここは」

緑の中。なぜかぽっかり温泉が沸いていた。源之丞は得意になってこれを見せた。

「湯処じゃ。俺以外、誰も来ぬ。さあ、入れ」
「すごい……でも」
「なんだ?」

確かに人目はない。しかし、源之丞がいるのに入るのは憚られる。躊躇していると、彼はよし!と手を打った。

「一人じゃ怖いか?では一緒に入ろうぞ」
「ええ!?」
「ささ。ささ」

彼が用意した提灯が二個だけのぼんやりの暗さ。源之丞は服をさっと脱ぎ、入ってしまった。

「ちょうど良いぞ。お前もこい」
「でも……」

しかし。文子は入ってみたかった。それに、源之丞はあの様子。自分を異性とは意識していない。さらにここは暗い。

「源様。向こうを向いてくださいね」
「こうか?まだか?」

彼の背をみつつ彼女は着物を脱いだ。そして思い切って入ってみた。首に巻いていたサラシの布で隠し隠し、そっと湯に入った。

「うわ……気持ちいい」
「熱ければ、こうして川の水を足すのじゃ」

まだ背を向けている源之丞。この湯は二人で足を伸ばすと当たるほどの狭さ。月夜の風が心地よかった。

「そうじゃ。これを忘れておった」
「ん?もしかして。森の香草ですか」

異国人の香草。源之丞はまだ背を向けたままなぜかこれを風呂に浮かべた。

「俺は風呂の時にこれを入れるのだ。香りが良いのでな」
「源様、すごい」

正しい使用法を見出していた源之丞。文子は湯気の向こうの彼を見つめていた。彼はまだ背を向けていた。

「もう、怒ってないか」
「……そうですね」

狐面の裸の背中の男。少ししょげていた。

「もう、死んだふりはせぬ。許してたもれ」

実はもうそんなに怒っていない文子。これを許した。

「はい。もういいです。源様、こっちを向いて」
「おう」

機嫌の良い文子。振り向いた面の下の彼は目を細め首まで湯に使った。

「熱くないか」
「ちょうどいいです」
「そうか?お前、真っ赤だぞ」
「……そんなに見ないでください」

月夜の神社裏。夏の湯。涼しい夜風、癒しの時。裸の二人は、その湯の暖かさに、ただ身を委ねていた。


十一 「宝物」完
第一章「森へ」完
第二章「風の中へ」へつづく
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