第41話 ファッションカオス

文字数 2,484文字

 カオリの住む、緑川(みどりかわ)家――いや、緑川邸とでも表現しようか。広い屋敷に、広大な庭。やや不便な立地にあることを除けば、そこは楽園のような場所だった。
 その庭の一角。散歩をするには良い感じの場所をまるごと、今回の練習場として貸してくれるらしい。

「いやー、本当にお金持ちのお嬢様って感じなんだねー。カオリちゃん」

「そうかしら? みんなが思うより普通よ。ただちょっとお金の使い方と考え方に違いがあるだけ」

「いやいやー。またまたー」

 与次郎が自転車を下ろしながら、カオリと話していた。
 今日のカオリは、ゆったりとしたマキシ丈のワンピース。アイボリーに細かい花柄がちりばめられた、わりとカジュアルなスタイルだ。ノースリーブではあるが、日焼けを気にして肘上まである白い手袋を着用している。
 小さな籠バッグを肘にかけ、両手を添えて日傘を持つ彼女は、そっと庭の方へと歩みを進めた。その歩幅は小さく、スカートのなびき方と相まって宙に浮いているような進み方をする。

「あっちに見える花畑があるでしょう? そこが今日の練習コース。もし気にいったなら、レースまでいつでも使ってくれていいわ。私がいない時も使えるように、使用人に伝えておくから」

「立派な花畑だねー」

「ありがとう。いつも庭師が心を込めて手入れしてくれるおかげね。道は基本的に、アスファルトかタイルで舗装されているわ。いくつかの分かれ道もあるけど、どの道を通っても基本的に、向こうの池までぐるっと回って戻ってくるだけの道よ」

 もともとは散歩できる場所という前提のため、車道ほどの道幅はない。外側を回るなら、道の長さはだいたい1周で1キロメートルくらいだろう。
 池から伸びる川には橋がかかっており、この橋がだいたいコースの中心になる。これを上手く使えば、短いコースを二つ用意したり、8の字に周回したりもできる。

「いいコースだな。道幅は狭いし、道は曲がりくねって見通しが悪い。向こうのタイルも見てきたが、割と細かい段差が多くて走りにくい。ところどころフェンスがあったりするのも、体感速度を誤認識させる」

 と、九条はコースを見て冷たく言い放った。

「あら、不満かしら? 九条君」

「褒めたんだ。正確なバイクコントロールはレースにおいて重要になる。それが身に付けられる高難度のコースだとな」

 この暑いのに長袖のライダースーツを着た九条。その肘や膝には、パッドが縫い付けられている。もう転ぶ気満々の格好だ。ひとまず、パッド以外は通気性の良い素材が使われているようである。

「まったく、九条は人を褒めるのが下手くそだな」

「なに?」

 眉をひそめた九条が、声のした方を睨む。そこにいたのはアミだった。

「おー、怖い怖い。そんな殺人光線みたいな視線を送ってくんなよ。アタシは食っても美味しくないぞ」

 高校の陸上部で使用している、緑色のユニフォームに身を包んだアミ。ブラトップとブルマの組み合わせにより、日焼けした肩や腕、脚などがむき出しだ。もともとの体脂肪率の少なさも相まって、ユイよりも筋肉質な見た目をしている。
 他の肌よりやや白いお腹もよく見えた。水泳部として競泳水着を着ている時は、そこが日焼けしないのだろう。

「ま、ヨジローみたいなエロい視線を送ってくるのに比べたら、九条に睨まれた方がマシか」

「待ってアミちゃん。ぼくがいつエロい視線を送ったのさー」

「……与次郎の肩を持つわけじゃないが、その露出度で何を言っても説得力はないぞ」

「お、おいおい。勘弁してくれよ。これは空力抵抗を減らすための服装だっての! そういうのはアタシじゃなくて、もっと可愛い女子に向けやがれ!」

 両手をぶんぶんと振って視線を散らしたアミは、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

「これだから男子は」

「まあまあ、アミちゃんの気持ちも分かるけど、みんな仲良くしよう。麦茶持ってきたよ」

 そう言って大きなジャグを持ってきてくれたのは、今までどこにいたのか分からないイアである。ちょうどみんなの視線がアミに向いていたタイミングだったので、急に現れたように見えた。
 肩が出るくらい短い袖のTシャツに、オーバーオール。そこにいつもの三つ編みと眼鏡を組み合わせた彼女は、なんというか、とても田舎チックだ。
 あえて言えば、そのオーバーオールがクロップドなのがポイントだろうか。クリア紐のウェッジソールサンダルと相まって、脚が綺麗に見える。

「あ、えっと……私、出場はしないけど、みんなのお手伝いが出来たらいいな、って思ってさ。その、私にできる事なら、何でも言ってね」

 やや照れ気味に笑顔を作るイア。彼女も立派に、チームマネージャーとして活動する気のようだ。

「それにしても、お主ら並ぶとカオスでござるな」

 自転車の最終点検を終えたユイが、ひょっこりと顔を出した。その場にいる一同が、再びみんなの服装を見る。

「たしかに、な」

「それぞれ目的に合わせた服装のはずなんだけどなー。アタシも含めて」

「ぼくはテキトーに着てきただけだけどねー」

「ふふっ。いいんじゃないかしら。面白くて」

「カオス……カオスかぁ」

 イアが何かを思いついたようだ。

「チーム名。それでいいんじゃない?」

「カオス、でござるか?」

「短すぎると思うぜ?」

「俺もそう思う。もうひと単語ほしいところだ」

「じゃあ、服装の話だったしー……」

「ファッションカオス。かしら?」

 カオリが言うと、みんなはドッと笑った。そりゃもう、普段は声を出して笑うようなことのない九条でさえこらえきれず、アミに至っては地べたを転がるほどである。

「くっ、くふっ……い、いいんじゃないか? 俺はそれでもいい」

「こ、この際でござる。その名前でチーム登録の書類も書いたらいいでござろう」

「カオリちゃん、天才過ぎるよ……ふふっ」

「ぼくも気にいったよー。さいこー!!

「ご、ごめんね。私がチーム名とか言い出しちゃったから、カオリちゃんがこんな目にっ――あっははは」

「……私、そんなに愉快なことを言ったかしら?」

 カオリだけは、自分のアイデアが採用されたにもかかわらず、不満そうだった。
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